キャンディー、ベイビー
暑く火照った体を冷ましたかったねむるはディーノにアイスクリームが食べたい、と言った。
「イタリアにはアイスキャンディー無いかと思った」
「最近できたんだよ」
半円にくり抜かれた入り口の下、決して大きくはないショーケースの中にはラズベリー、レモン、オレンジといった果物のアイスキャンディーがあるのは勿論、ピスタチオ味やチョコレート味までもある。あれもこれも、と悩むかと思いきやねむるはディーノよりも先に食べたいアイスを選んだ。先に注文されて小銭を出されてしまう前に、彼は慌ててミント味を!と注文して二人分の会計を済ませた。本当はラズベリー味が良かったようだけれども。
「嬉しい!」
そんなディーノの心は露知らず、ねむるはありがとう、と嬉しそうに礼を言ってはアイスを頬張った。しゃく、と冷たくて甘酸っぱいレモンが彼女の舌の上で溶ける。たちまち広がる冷たい感覚に熱くなった舌は驚き、彼女は目を細めた。
「美味いか?」
そう聞きながらディーノは白く並びの良い歯でアイスをひとかけ砕く。
彼の問いかけに元気よく答えるつもりだったが、ねむるの思考は違うところへ奪われた。
ちらり、と見えた彼の舌にどきりとしたのだ。熟した赤紫のようなさくらんぼとは違う、赤くどこか透き通ったようなさくらんぼのような色の舌である。
「美味くない?」
「ううん、美味しいよ」
良かったぜ、と言って笑う恋人にねむるも笑顔を返した。
店先のブラッドオレンジ色のパラソルが作る陰の元で涼んでいるとはいえ、アイスが形を保ったままでいるのには暑すぎる。ディーノはアイスが形を崩し始める前に食べ終えたが、ねむるはまだだった。
「わー、溶けてきちゃった」
ディーノはその様子を見て笑うも、視線は溶けたアイスにもねむるの慌てている表情にも向けられていない。
溶けたアイスを下から上へと舐める柔らかそうな彼女の舌に視線は釘付けであった。
陽の灯りを吸い込んでどっしりと大きくなった橙と黄色が混ざったそれに華を添えるように真っ赤な舌先だ。いくら血色の良い舌であっても、冷たいアイスキャンディーを舐めとるのでは、舌が堪えられないだろう。冷たさのせいでより赤く見えているのか、元から赤いのかディーノにはもうわからない。
それでも確かに言える事は彼にとって酷く魅力的な風景だという事である。
アイスキャンディーの棒を持ったままテーブルに肘をついて、ねむるを見つめたまま何も言わない。
これ以上溶けないようにと、彼女がまた再びアイスを噛んだ時だ。ようやくディーノの視線に気づいた。
「どうしたの?」
ディーノは彼女を微笑みながら見つめていたらしい。付き合う前からよくある事だったからねむるにとってみればどうって事ないのだ。勿論見つめられるのは恥ずかしいが、今回の視線の真意、ディーノの瞳の奥に灯された火のことはわからないだろう。
「いや、美味そうに食べるなって」
「・・・そう?」
嬉しそうに目尻を緩めて頷くディーノにねむるは少し困惑した。
自分では普通に食べているつもりだけれども、彼にはおいしそうに見えるのだ。
まあ、でも美味しいから良いか、と蜂蜜色の優しい恋人にアイスを一口あげる事にした。
彼女の純粋さに思わず、邪な心を抱いた自分に胸を痛めたディーノが居たとは露知らず。