ガーネットと桃色
「ザンザス様とどういう関係だ」
ねむるのような一般人が立ち入ってはいけない場所だったのでしょうか。
近頃デートを重ねていた男、ザンザスに呼ばれ自分では滅多にいけないような庭園に今日は誘われたのです。聞けば旧伯爵邸だったのを現在はカフェとして営業しているようでした。
けれども、周りにはねむる以外の客、もっと言えば目の前にいる黒ずくめのスーツの男や女以外で一般人に見えるのはねむるだけなのです。
「ザンザスに呼ばれて・・・」
「そういう女はいくらでもいる」
ぴしゃり、と言い放たれねむるは返す言葉が無くなってしまいました。そういう女はいくらでもいる、そうか、と自分だけが彼にとって特別だと期待し始めた彼女には冷や水を浴びせるような一言でしたから。
誰もが声をかけたくなるような色男、と言うのには語弊がありますがザンザスは大層ハンサムな男でしたし、話してみれば優しい所もあるのです。自分よりももっと魅力的な相手が周りにはいるんだ、そうだ、と自身を慰め踵を返そうとしたときでした。
「ねむる」
「ザンザス様!」
「通してやれ」
門の向こう側、屋敷の入口へと続く階段にザンザスがいました。到着の遅いねむるを見かねて門までやってきたようです。
「しかしこの女は」
「俺の女がどうした」
ザンザスよりも背丈も体格も良さそうな男が静かになりました。反論を許さない語気、というよりもどちらがボスなのかを示すような言い方でした。先程までのねむるへの強気な態度はいずこへ。門は無事にあけられ、ねむるはおずおずと階段を上ってザンザスの方へ向かいました。
でも、俺の女?と彼女の思考には先ほどの言葉が何度も再生されます。
「レヴィに何か言われたか」
飲み進められないアイスラテが冷や汗をかいていました。
話しを聞いていないと思われたのでしょうか、ザンザスの視線はねむるの様子を伺う様に見えます。
「・・・別に」
「じゃあ何かあったのか」
背筋をピンと伸ばして椅子に座るねむると、背もたれに寄りかかっているザンザスは対局でした。言葉をはっきりと言わない彼女にもどかしさを感じつつも彼女の言葉を待ちます。
「私達って、どういう関係なんだろう」
「あぁ?」
「あの、レヴィ、レヴィさんが他にも女がいるって」
「いねぇ」
ザンザスもザンザスで自然を楽しむ時があるならこの瞬間だったでしょう。
頬を撫でる新緑の香りを運ぶ風に心地良さを感じていましたが、ねむるの一言で気分は変わってしまいました。
「お前は俺の女だろ。それとも、他に男がいるのか?」
眉頭を寄せ合い、カプチーノを飲みながらもねむるの方から視線を外さなければ瞬きもしません。獲物に狙いを定めた肉食獣のようです。
「付き合ってると思ってなくて」
「男がいるかいないかを聞いている」
「・・・付き合ってる人も、デートしてる人もザンザス以外いない」
「ならいいだろ」
ああ、恋人同士だとわかった!一瞬の喜びもつかぬ間、ねむるには不安ごとがよぎります。
確かに彼と出かけた時に親し気に手を引かれ、その流れで腕を組んだりすることもあれば、深夜の誰もいない映画館で肩を抱き寄せられて映画を観る事もありました。
勿論、時折気まぐれに電話をしてきたり、小さな花束をくれることも。彼女は知り得ない事ですが、ザンザスがここまでするのは非常にまれでしたし、少なくともレヴィ以外の人間は恋煩う女がいる事に気付いていました。
「わ、待って」
「今度は何だ」
晴れて恋人同士だと認識しあった日の帰り、ザンザスはねむるを家まで送り届けましたがいつもより熱っぽく、いいえ、今までよりもぐっと熱っぽく彼女の腰に手を回して引いてきたのです。
彼の瞳は赤い恒星の渦が緩やかに燃え始め、昼間に見た緩やかにコーヒーの中に沈みゆくミルクよりも重たそうでした。多分、経験のある女性ならこのまま彼の意のままにさせたでしょう。
「私、男の人と、そういう事はしたことなくて」
ザンザスの距離を取ろうとして無意識なのか、ねむるの手は彼の胸元にありました。良く鍛え上げられた逞しい胸元です。彼女がどんなに押してもびくともしないでしょう。
自身の腕の中で不安そうに言うねむるはどんどん小さくなっていきます。本音を言えばザンザスは己の欲求に素直なので、上手い事持ち込もうと考えていましたが、そんな気持ちは失せてしまいました。
「ひゃ」
限りなく目尻に近い箇所に口づけが落とされます。ねむるは驚き小さな声と共に肩を僅かに跳ね上げさせました。
「無理強いはしない」
そう言いながらザンザスは彼女の背中を親指で撫でます。欲を我慢するのは苦手ではありませんし、ねむるの泣き顔を想像するとどうにも、彼にしては珍しく心が痛いような気がしたのです。その言葉にねむるは頷き嬉しそうに笑いました。ザンザスの瞳の中の恒星の渦は緩やかになりましたが、彼女へ持つ熱は微熱程度です。
いくら夜の経験がなくともこれくらいはねむるにもわかりました。
口づけの為に目を瞑るべきだと。たとえ口づけされなかったとしても、砂漠の夜で燃える赤い星のような瞳に熱っぽく見つめられるのは恥ずかしく堪えがたいのです。
彼に身を委ねようと、ザンザスの二の腕に手を這わせて首を右へともたげれば唇は自然と重なり合いました。
腰にあった手はいつの間にか、首の後ろへ。なるべく優しく口づけようと思っていたのですが、好きな女の前では抑えきれないのかもしれません。少し荒々しく彼女の唇を奪います。
まるで、自分の女だと他の男に知らせる様な口づけでした。