ハニーの弱火




あと一杯だけ、決して酔ってなんかいない。
どうしてか手元が緩んで、冷め切ったコーヒーがねむるのワンピースに向かって零れてしまったのだ。ルッスーリアとの会話に咲かせていた花はあっという間に、コーヒーなんかごめんよ、と言わんばかりに消えていった。
慌てるルッスーリアは側にあったティッシュを取って彼女の服を拭おうとするも、そんなのでは間に合わないくらいにはコーヒーがかかっていた。こんなのでは車に乗れない。ねむるは買い替えたばかりの車で、それも新車である、ヴァリアー城を訪ねていた。

という訳で、ねむるはザンザスの真っ黒なTシャツを片手に脱衣所にいる。彼の大きなシャツなら太ももお尻より下くらいまでは隠れるだろう、それを借りて家に帰ろうと彼女は考えたのだ。ワンピースから肌に触れてきたコーヒーを流そうとシャワーを出したまま、ファスナーに手をかける。しまった、とねむるはすぐに顔を歪めた。このワンピースのファスナーは下ろすとき、どうしても硬くて大変なのだ。上手くおりるように工夫をしても今日は一際上手くいかない。けれども、脱衣所の外、シャワーの音を聞いているザンザスに愛の天使が微笑んだらしい。

「ファスナーが、おろせないの・・・」

困った恋人の為、彼は重い腰を上げて途中まで下ろされたファスナーに手をかけた。
ぐ、とねむるよりも強い力が背中に掛かった気がする。先程までの詰まりが嘘だったかのように、すぐにファスナーは下りた。ウエストの周りにあった締め付けがなくなり、ねむるが少し腹を緩めようとしたものの、違うものが後ろから巻き付いてきた。

「帰るのか」

ザンザスの手である。
宙に浮いていた手は彼に取られ、ワンピースの下に潜り込んだ手と交差するよう手の自由を奪われてしまった。コーヒーのせいで冷たくなった肌が彼の高い体温のせいで、ゆっくりと暖かくなっていく。

「だって、着替え、あ」

帰る帰らないの話を聞いている訳ではない、とねむるは思った。もっと違う事をザンザスは尋ねてきているのだ。着替えが無いからだなんて、こんな状況では無意味だ。だって彼の服を借りようとしているし、既に彼は見えている肌を食む様に口づけを落としてきている。肩の方から、鎖骨の後ろを通って首筋にまで唇は上がってきてしまった。唇が上るにつれてねむるの息も上がっていったのは言うまでもない話だ。

「着替えならあるだろ」

潜り込んだ手が右へ進んだ。肋骨下に辿り着けば、ザンザスは僅かに力を込めて彼女の肌の感触を楽しむ。ねむるは囚われてしまった気がした。どうやってこの手を剥げばいいのかもわからない。もとい、この、彼の腕の中からどうやって脱出すればいいか考えられなくなってしまったのである。

「でも、私」

「そんなに嫌か」

ザンザスはそう言いながらねむるの耳朶に歯を立てた。あ、と甘い声が漏れた。勿論、ずっと焦がされ続けていた彼にとってみれば腹底にある火をかき立てるのには十分だ。

「ねむる」

名を呼ばれた方へ振り向けば、真っ赤な瞳が彼女を見つめている。
ずっと深い洞窟の底で眠っていた炎が燃えては、その炎を外へ溢れていかないように、本当は今にも溢れそうなのだが、炎の持ち主が抑えているせいで瞳の中で渦巻いていた。
ずっと見つめていたら、その炎に飲み込まれてしまうだろう。嵐の中に入って方向を失ってしまうのと同じだ、ねむるはますますどうすれば良いかわからなくなってしまった。
腹の上にある手の温度が先程よりも高い。でも、それは自身が高揚して体温が高くなったのか、ザンザスの瞳で燃える炎が彼にそうさせているのか。答えはどちらだろうか。

でも、少なくともねむるはこの体温の高さを自分で抱えれるだけの忍耐差はなかった。
ザンザスの瞳に気取られていた彼女は、彼に唇を奪われた瞬間に固まっていたものがどろりと溶けだしてしまったのだ。熟れた白桃に噛みつくようにザンザスはねむるの唇を奪った。柔らかな皮はすぐに向け、中の白く瑞々しい実が姿を見せる。この場合は彼女の可愛らしい舌だが。

「ん、ふあ、あ」

大きな舌が彼女の小さな口の中を荒らしていく。彼の荒々しい口づけにも慣れたつもりだったけれども、どうも思考が回らない。ザンザスは名残惜しそうに唇を離して、そのままねむるを横抱きにしては脱衣所にある鏡台の上に乗せた。
太ももを強く引かれ、二人の下腹部は衣服を隔ててぴったりとくっついてる。ただ彼女とくっつきたいからではない。ザンザスは自身がどれだけ彼女に欲情しているか知らせたくてこうしているのだ。ねむるの瞳が僅かに揺れていたが、ザンザスはお構いなしに口づけの続きをした。ワンピースは衣服としての意味などなさず、既に彼女の腰回りに纏わりつくただの布となった。

「ザンザス、だめ、まって」

息継ぎが上手く出来ないらしい。舌を絡めとられては吸われ、同じにするようザンザスに催促されてねむるは困ってしまった。自分よりも大きな舌を吸うのは難しい。それに、上手く出来なければ彼は叱るように彼女の尻の上を掴んでくる。そしてどうしてか、ねむるはその時に下腹部が強く上へ引き上がる気がした。同時に彼にいっぱいにされたい、そう願ってしまった。

「お風呂入らなきゃ・・・」

「一緒に入ればいいだろ」

ショーツを下ろそうとしていた手を制止するように、言ったのだが彼には通じなかったらしい。あっという間にショーツはおろされ、鏡台から降ろされてしまう。布となったワンピースが落ちないように胸元まで持ち上げるも、それはすぐに役目を終えた。
湯気で真っ白になったガラス張りのシャワールームに入れられてしまったからだ。束の間の休憩、と言いたい所だったがそれは叶わない。ザンザスがすぐに入ってきてねむるの肌を焦がし始める。自分よりももっと柔らかくて曲線的な肌をなぞるように、首筋から胸元まで唇を辿らせていく。彼の立派な、彫刻のような麗しい筋肉に纏われた体を見る間もない。

先程まで荒々しかった口づけはいずこへ、ザンザスは優しい口づけを幾度か繰り返してから彼女のぴったりと閉じている貝殻の口を縦にゆっくりとなぞった。










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