メレンゲのリュック





「気持ち悪い」

そう言ってねむるはサービスエリアの茂みにしゃがみ込み、胃の中にある物を吐き出した。
同伴者としてパーティーに連れてきたのだが、体調が元から悪かったらしい。
酒は乾杯のシャンパンだけ、それも一口だけである。でも、その後にノンアルコールだと言われて飲んだものがアルコール入りだったのだ。サーブをしてきた給仕係が憎い。そうは言っても人間だれしもミスがある。気付けなかった自分も悪い。

気付けていれば吐かなかったかもしれないし、トイレで吐けたかもしれない。
とにかく、彼女は茂みに顔を突っ込む事は想定していなかったのだ。

「ねむる」

ディーノは急いで彼女の側に行き、髪の毛が邪魔をしないようにと手でまとめる。
まだ嘔吐感が残っているらしく、ねむるは何度かえずくも吐けないようだ。
こんな姿を恋人に見られたくなかった。ほっといて、とディーノに告げるも彼は彼女と同じように膝をついたままだ。

「ロマーリオ、水持ってきてくれ」

彼なりの気遣いだろう。ディーノは腕を伸ばして水を受け取る。彼女の苦しんでいる姿を自分以外の人間には見せないようにしたのである。勿論、ねむるはそれに気付ける所ではない。喉元までせり上がってくる吐き気を吐き出そうと必死なのだ。彼女が咳き込めば、ディーノは背中を摩った。

「水を飲んだ方が良い。多分早く吐ける」

そう言われ、手渡された水に恐る恐る唇をつける。ゆっくり、と優しい声音がした。ねむるはそれに従いゆっくりと飲んだ。何度か肩で息をした後、ディーノが言った通り吐き気が襲ってきた。今度こそ出そうだ、とねむるはまた顔を下に向け枯葉だらけの場所に吐き出す。ばしゃばしゃと水の音がした。

「うぅ」

ディーノは苦しむ恋人の背中を再び摩る。きっと吐いたせいで涙腺が緩んだせいだろう、ねむるの頬は涙で濡れていた。それでも辛いな、と声を掛けては、また彼女に水を飲むように促す。先程のようにゆっくりと、弱弱しいと言ってもいいくらいには嘔吐で疲れ切っているが、彼女は水をまた口に含んだ。そして、水を飲んでは吐く、を幾度か繰り返した後のちようやくねむるの嘔吐は治まった。口元は殆ど汚れていないが、念のためディーノは自身のハンカチを濡らして口元を拭う。

「・・・ごめんね」

「何で謝るんだよ」

横抱きにして彼女を車に乗せ、少しでも楽になるように、とディーノはねむるの靴も脱がせた。手厚い介抱である。恋人とは言え、立派な組織の長だ。彼女は罪悪感に駆られ、ごめんなさい、とまた謝り起き上がろうとした。けれどもディーノに強く制止され、言われるがままに後部座席で大人しく横になった。彼女のお気に入りだと言う靴を足元に揃えておいた後、ディーノは反対側から車に乗り込む。

「ねむる、頭ここに乗せて。膝、曲げれるか?」

そう言われた場所はディーノの膝上、太ももであった。こんな状態でなければ恥ずかしくて断っていただろう。しかし、吐いた後で彼女は満身創痍なのだ。だから、彼の厚意に享受しつつ、膝を曲げる事にした。スラックス越しでも、彼の体温を感じるには十分な距離だ。こんな状況でも自身の柔らかな太ももと違って、筋肉でいくらか張っている様に彼女は少しどぎり、とした。でもそんな高揚もなんのその、疲労感に襲われ瞼は鉛の様に重い。

「辛くなったらすぐに教えてくれ」

ねむるは小さく頷いて、彼の膝の上に右手を置いた。その手を少し握ってから、ディーノは彼女の体の強張りを取るように何度も肩から二の腕のあたりを摩る。
いつも荒い運転ではないが、今日ばかりはロマーリオも速度はいつもより落とし、丁寧に運転をしたのであった。
次第に、ラジオもお喋りの声もしない車内にはねむるの寝息が聞こえた。とはいっても、時折走行音に紛れていくくらいには小さい。ディーノはそれにほっとして、窓の外へ視線を投げる。半分しか満ちていない月は薄らオレンジががっており、ハロウィンの近づき基、季節の進みを彼に感じさせた。

「ボス、明日の出張はずらせないぜ」

長年彼の側にいるだけあるだろう。バックミラー越しにディーノはわざとらしくむくれてみせた。出来る事なら、一晩中彼女に付き添いたいと思っていたようだ。果たして彼はここまで心配性だっただろうか。それとも、ねむるが彼にそうさせているのか。

「ねむるが具合悪いの、気付けなかったなぁ」

はあ、とディーノはため息をつく。自分が彼女を無理させたのではないかと一抹の申し訳なさがあるのだ。もし自分が気付けていれば、こうならなかったかもしれない、と思わずにはいられなかった。

「・・・ねむるさんも、ボスの為に頑張り過ぎたのかもしれないな」

「それは愛の成せる技っすね」

上司を励ます声が運転席と助手席から聞こえてくる。でも、確かにねむるが彼に恥じないように努力をしている様には見えていた。だからこそ、もう少し気遣ってやれれば良かった、とディーノは胸を痛ませる。自分の励ましではだめだった、と部下たちは視線を合わせた。

「早めに出張終わらせて、ねむるさんにお土産いっぱい買って帰りましょう!
自分調べます!」

愛する恋人の髪を、雲に触れるように撫でてからディーノはそうだな、と返事をした。
そんな彼の気持ちは露知らず、ねむるはディーノがもたらした安堵感のおかげでぐっすりと眠ったのであった。










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