砂糖はビン底にて



外に出かけた猫も驚くような、大雨が突然降り始めた。

家まで迎えにきたザンザスと出かける所だったので、最悪なタイミングだとねむるはため息をついた。階段下にいる彼の元まで下りれば、ザンザスは肩をすくめてみせる。
天気予報アプリはこの雨は夜まで続くと言うのだ。天気予報は雨は降らないと言っていたのに。ねむるのおろしたてのワンピースもどこか悲しそうだ。
アパルトマンの扉から外を覗けば、近くのカフェやレストランのテラス席にいた客達も突然の雨に驚いては意味を成していないパラソルの下、各々の食事を手で守ったが無意味だろう。
どこにも出掛けれない、そうねむるは結論付けた。今までザンザス、そもそも異性を彼女は家に上げた事がないのだが、今日ばかりは避けれないだろうと考える。ザンザスの家に、屋敷に行くときは迎えの車があるが、外に出かけるときは彼がこちらまでわざわざやってきてくれるのだ。
ザンザスの屋敷までの道のり、車がすれ違うのも精一杯な狭い山道を三十分以上のぼる事を思い出す。陸の孤島は言わないが、冬の間は除雪作業がなければそれに近しい状態になる。そんな場所から来てくれているのだ。ねむるはおそるおそる、ザンザスに尋ねた。

「・・・狭いけど、家にくる?」

車を走らせても構わないが、と考えていた所だった。彼はねむるの予想外な提案に驚き、珍しくゆっくり二度ほどまばたきをしてみせた。

「雨が止むまで」

ふふ、とザンザスの仕草に笑う。彼の返事を待たずに階段を登れば、後ろからゆっくりと彼の足跡が聞こえてきた。古いアパルトマンだからエレベーターがないの、と言う声が雨音に紛れて響く。三、という数字が見える階で、実際は四階だが、ねむるは奥に進み鞄から鍵を取り出し家の扉を開いた。ハロウィンだからだろう、入口横の円形の小さな椅子の上にはジャックオランタンの飾りがあった。

「上着は?ここにかけるね」

閉められた扉ついてある、薄ら曇った金のフックにザンザスのジャケットがかけられる。
ジャケットの胸ポケットから出したスマートフォンを彼はスラックスのポケットにしまった。ねむるは座る事もなく、手洗いを済ましキッチンに立った。ケトルに水をいれ、湯を沸かすつもりなのだ。

「あれ、コーヒーにする?紅茶にする?」

コーヒーより紅茶が好きだと言っていたのをザンザスは思い出す。
紅茶で良い、と答えれば彼女は棚から黒い瓶を取り出しポットに茶葉を入れた。
ねむるがしたように彼も手を洗ってから、部屋に視線を巡らせる。人間だれしも人の家に招かれればする事かもしれないが、ザンザスは興味よりも偵察のような視線の巡らせ方をしてしまう。寝室から続く窓はキッチンダイニングを兼ねたリビングまで続いてる。窓辺にはキャンドルや本が置かれていた。テーブルの上には先週、彼がプレゼントした白い花が飾られている。予定外の来客にも対応できるくらい日頃から綺麗にしているのだろう、とザンザスは彼女の姿を想像した。

「あっ!」

ねむるの驚いた声に振り返れば、左手人差し指を切ってしまったらしい。
少ししか切られていないりんごが、ねむるの手を離れ転がる。血は指の付け根に向かって流れていく。慌てた様子で蛇口に手をかけようとする彼女の側に行き、左手を掴んだ。そして、後ろポケットに入れていたハンカチを取り出して出血している部分にそれを当てた。

「まだ早い」

ザンザスは無言のまま患部をハンカチの上で押さえるようにして、ねむるの手を握る。
ちらり、と彼女の様子を見れば不安そうにそれを見つめているではないか。彼にとってみればこれくらい軽傷であっても、見慣れていないねむるからしてみれば不安なのだろう。当然、気も動転している筈だ。

「切れた範囲が広いだけだ」

空いた方の手を重ねながら告げれば、彼女は少しだけ安堵の顔をしてみせた。
手が滑り、刃の先が自身の指を切り裂く瞬間を思い出してしまう。鼓動が鳴る度に、血がどんどん流れていく気がして怖かったのだ。

「・・・止まる?」

「慌てる程じゃねぇ」

雨が二人の様子を見たがっているのか、先程よりも窓を叩く勢いが強い。
外は灰色に染まり、景色すらも霞ませてゆく。それに連なり部屋も少し薄暗くなったが、ザンザスがねむるの傷口を確認するには十分な明るさだ。ハンカチを捲れば、血は止まっていた。

「よく洗い流せ。絆創膏はあるのか」

「洗面台の、棚にあるの」

ザンザスは洗面台に行き、棚をあけて探す。彼女のスキンケア用品やら、歯磨き粉やら。それに紛れて絆創膏が何種類かあった。彼は傷口を覆うように、一番大きな絆創膏をとってはねむるの元へ戻る。ありがとう、と言いながら彼女は手を差し出した。そのまま彼にされるがままだったが、大きな手が、彼女よりも太く長い指が絆創膏を剥がす様がどこか色っぽくも見えたのは何故だろうか。ねむるは少しだけどきり、としながらも何もないふりをした。
ぺたり、と貼られようやく彼女の心に平静が訪れる。

「・・・良かった、ザンザスさんがいて」

は、とザンザスは小さく笑った。それでも、返事の変わりだろう、絆創膏の貼られた手をまじまじと見る彼女の肩を抱いて、彼は額に口づけを落とす。

前回に引き続き生憎の天気ではあるが、二人の間に幸福を運ぶ雨をどうしても憎めないねむるがいた。









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