サファイアシュガー




突然の雨だった。
幼い子供が泣きまいと堪えようとしているみたいに、空は今にも泣き出しそうな色をしていた。
その下で歩いているザンザスの瞳は勿論今日も赤く、煌々と輝いてる。でも、なんとなくねむるにはいつもよりも彼の瞳が暗く見えた。空のせいなのか、彼に何かあったのか。
自分の考えすぎかもしれない、と聞くに聞けず彼らの間を雑踏の音がすり抜けていくばかりだ。

最後に会ってから数週間、たったそれだけなのにねむるは恥ずかしくてたまらなくなってしまった。
まるで今まで恋文を交わし続けていた相手と初めて会うような。
自分の日常にすっかり恋人が溶けこんで入りと思っていたが、そうではなかったらしい。まだまだザンザスは彼女にとって特別な存在のままである。

「具合はもう良いのか」

雑踏の音に紛れ落ちる事もなく、ザンザスの声は低く沈黙に沈みこんでいった。
気温差のせいかねむるは数週間前に風邪を引いてしまった。彼とのデートの当日、異様な喉の痛みを感じて自らキャンセルを申し出た。治るのに一週間、今度はザンザスの方に急な仕事が入った。互いに予定が合わず、ようやく今日会えたのだ。

「うん、もう大丈夫」

グレー色の雲がどんどん重くなり、肌に纏わりつく湿気も先程より湿っぽい。
それでも、行き交う人々は誰一人傘を持っていなさそうだった。折り畳み傘を持っている者もいるかもしれないが、少なくともザンザスはいつも通り持っていなかった。
どことなくぎこちない二人をからかう様に、これまた湿り気を帯びた風が木々の葉を揺らす。初々しい娘と恐ろしい男、と唆されたせいか葉が一層騒がしくなっている気がした。

「バカンスシーズンの終わりなのに、混んでたんだね」


ザンザスと他愛のない話を繰り返していく内に、ねむるの中にあった恥ずかしさが消えゆく炭酸のようになくなった頃である。
ぱたり、とねむるの手の甲に雨粒が落ちてきた。雨?、というや否や勢いよく雨が降り出してきたのだ。

「かさ!かさ、」

慌ててトートバッグからねむるはサボテン色の折り畳み傘を取り出しては、ぽん、と開いた。ザンザスが濡れないように少し高く持ち上げてみて、彼女はこう思った。二人で入るには小さいだろうと。

「小さい?」

「レヴィに車を回させる」

そう言いながらザンザスは彼女から傘を奪い、彼女が濡れないように腰に手を添えて自身の方へを引き寄せた。二人で入るには小さな傘だ。雨から避けるべく、屋根の下にと言いたい所だが雨宿り出来る場所はない。幾ばくかましであろう木の下に二人で立つも、雨の勢いは増して互いの肩が、どちらかといえばザンザスの肩が濡れてしまう。

「なんだ」

細く筋肉のない腕が腰に巻かれ、少しだけ柔らかなものが自身の胸下あたりに当たった。
勿論、その持ち主はねむるだ。今までこんなことをしてきた事ないのに、一体どうしてだろうか、口づけでもねだってるのかと考えたザンザスであったがそうではないらしい。

「こうしたら濡れないかなって」

口実である。
口づけをねだっていないのは本当だが、腰に手を添えられた時になんだか無性に彼に抱き締めて欲しいと思ってしまったのだ。ぎゅう、と腕の中に閉じ込められてしまいたいと。
抱き締めて、と言えたらどんなに良いことか。伝わってほしいという気持ちを込めて、ねむるはザンザスの腰の後ろで自身の両手首を掴みあった。
それが伝わったかどうかはわからないが、ザンザスは彼女の腰の下に添えてあった手を上へと滑らせてはもっと自分の方へ引き寄せた。
自分の体とは全くもって違う、柔らかな体だ。彼女の体が描く曲線に合わせて腕を添わせば、こうされる為に作られたのかと思う程ぴったりと合った。このままもっと力を入れて背中に触れてみれば、自分の手の形が残るかもしれないとザンザスは思った。勿論、そんなことはありえないのはわかっているのだが。

「どうだろうな」

「濡れちゃうかな」

ふふ、と嬉しそうにねむるは笑った。恋人のよく鍛え上げられた胸元に頭を預けると、ザンザスは雨よりも優しい口づけを彼女の額に落とした。
背中に置かれた掌から伝わる温度の高さと、湿った灰色の景色が二人を包み込む。雨の音は強いけれども、彼らを包む世界は酷く穏やかであった。雨音以外全ての音は聞こえない。聞こえるのはザンザスの心臓の音だけである。

迎えの車が来て欲しいような、来てほしくないような。

カクタスの色の下、ザンザスとねむるは少しだけ二人だけの世界を楽しんだ。









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