ピンクと若葉色のチェック生地




「ボス、頼むからしゃんとしてくれ」

「するって」

ロマーリオの運転する車の後ろでディーノは少しむくれたような顔をしていた。
本当なら今日はねむると映画を観に行く予定だったのだ。それが悲しいかな、彼の職業柄断る事の出来ない急ぎの仕事が入ってしまった。それも、ティモッテオからの依頼である。付き合ってそう日の経ってない頃は誰しもが熱に浮かれているし、この男も違わずそうなのだ。

窓の外を眺めれば、土曜日なだけあって街に出ている人は多い。本当は自分もこうしている筈だったのに、と仕事を恨めしく思った。
おもむろに携帯を揺らせば画面が光る。別に時間を確認しようとしたのではない。ねむるからの返信がないか確認したのだ。パスコードを入れてメッセージアプリをタップし、彼女とのトーク画面を開けば最終接続時間は三時間前と表示されていた。

「さあ、ボスもうすぐ着くぜ」

ちらり、とロマーリオはバックミラーを覗いてみるも、彼のボスはまだむくれたままであった。

『スイスに着いた。本当今日はごめん』

今日の為に来ていく服を決めたばかりの昨夜、デートは突然中止になった。仕事なのだから仕方ない、とディーノに言っても彼は随分と落ち込んでいた。電話で声を聞いただけだが、子犬が耳を垂らしている姿が浮かんだのは何故だろうか。

『気にしないで!帰ってきたらまた行こうね』

出張なのだから、そう連絡は来ないとねむるは思っていたがそんな事はなかった。
仕事の合間をぬってディーノは随分とマメに連絡をくれたのだ。

『よく眠れた?』、『夢で会えるといいな』、『美味しそうなデザートだけど、ねむるの写真は?』『少しだけでも良いからねむるの声が聞きたい』

驚かなかったと言えば嘘になるだろう。
一体何を食べればこんなにも甘い言葉を紡げるのだろうかとも思ったし、返信に困って暫く未読のままにした事もしばしば。それでも、彼からのメッセージはイタリアに帰国するまで途切れる事はなかった。

「ねむる!!」

延期になった約束の日から二週間程経った今日、ディーノは恋人を迎えに家まで行ったのだ。扉を開けて彼女の姿が見えるや否や、両腕を大きく広げてねむるを抱き締めた。
こんなに熱烈な抱擁を受けるとは思っていなかった彼女は、彼に抱き締められたまま暫く動けなくなってしまった。嬉しそうな笑顔いっぱい浮かべた彼の顔を見るのもそこそこに、すっぽりと彼の胸の中に閉じ込められたのだ。

ディーノはいたく嬉しそうに、この世で最も幸福そうに、ねむるの肩口に顔を暫し埋める。ハグと言うハグをしてこなかったせいか、この瞬間に彼女はやっぱり彼は男なのだと実感した。
自分よりも筋肉質な体に、背中に添えられた手は大きくごつごつしている。腰に回された腕も当然、自分よりも太くて骨もしっかりしているだろうと思えた。恐る恐る回した手の先にあったディーノの背中も勿論大きい。子犬のようだ、と先日思ったが彼はきっと子犬ではないだろうし、きっともっと大きな犬だろう。

「お帰りなさい」

顔を上げたディーノはねむるの唇を啄むような口づけを落とした。

「ごめんな、急に」

先程までの嬉しそうな表情と打って変わって、しゅんとした表情をしている。ゆるりと下がった眉が子犬ではないけれど、やっぱり大きな犬だ、と彼女に思わせた。

「ちゃんと連絡してくれてたから大丈夫」

ねむるはそう言いながら、彼の乱れた前髪を直した。

「変?」

「前髪がぐちゃっとしてる。少し待って」

ぎゅう、と腰に彼の両腕が巻かれたせいか、さっきまであった隙間がなくなる。
髪の毛を直すのには近すぎるだろう。盗むような口づけを一つして、ディーノはまた一たびねむるの肩口に顔を埋めてしまった。くすくすと楽しそうな笑い声を溢しながら、彼女もまた彼の首に腕を回して互いに抱擁を交わした。









×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -