「あら、ボスお帰りなさい」

ルッスーリアはなんとなく期待していた。夜闇のコートに身を包んだザンザスが失った春の陽だまりを連れ帰って、そのコートの色を優しくも黒い藍色に変えてくれるのではないかと。けれども、春の陽だまりはいなかった。ザンザスだけの帰宅である。
勿論、こういう職業だ。無事の帰還は幸いなことだし、喜ばしいのだがルッスーリアはがっかりせずにはいられなかった。まあ、致し方ない結果なのかもしれない。疲弊しきったねむるの姿を思い出しては自身を納得させる。春の陽だまりと呼べる程の朗らかさも健康さも何もかもザンザスは潰してしまったのだから。それでも、ルッスーリアが彼女を思い出してしまうのは、二人の関係が良好だった頃のザンザスが忘れられないからだった。


温厚とは呼べない、激しい怒りを抱えた彼の瞳の炎を穏やかに出来た唯一の女だったのだ。ねむるを見つめる時だけに見せる、優しい眼差しであった。勝手にザンザスの恋路を案じたルッスーリアが小さくため息をついて、お気に入りの雑誌を開いた時だった。
談話室のザンザスの特等席、そこに座った彼がゴールドの細いチェーンをポケットから取り出して、大事そうに見つめている。

「素敵なゴールドチェーンね。チャームは?」

「ねむるに渡した」

サングラスで隠されたルッスーリアの瞳が見開かれた。
そういえば、と彼は思い出す。ザンザスに初めて買ってもらったプレゼントだ、と言って喜んで教えてくれた事を。彼女が居なくなった後に清掃をかねて入った際、彼女がザンザスから貰ったであろう装飾品や服は全て置いていかれてしまったし、ザンザスも全て処分しろと言っていたのだ。その時に彼女が一際お気に入りだったネックレスがなかった事を覚えていた。てっきり、彼女によってどこかに捨てられてしまったのではないか、と思っていた彼にとっては晴天の霹靂である。まさか、ザンザスが持っていたなんて。

ファッション好きだからという理由で覚えていたのではない。
ねむるが最も愛していたそれは、ネックレスのチャームはザンザスの瞳と同じ色をしたルビーだったのだから。煌々と赤く燃えては、砂漠に命あることを思わせる力強さを持った、命の無い砂漠に浮かんでは砂漠のすべてを知る恒星が彼女の胸元に宿っていた。
加えて、それ以外の装飾品に赤色のものはなかったのだ。

「・・・チェーンはどうするの?」


任務でもこんなに緊張する事はなかったわ、とルッスーリアは後に振り返る。
チャームだけをねむるに渡して、受け取ったという事なのだろうか。それとも彼女はやっぱり捨ててしまったのだろうか。

「どうだろうな」

あまりにも曖昧な答えである。
それでも、これ以上聞くに消えなかったルッスーリアのもやもやが消えたのは一年後のクリスマスであった。

銀化粧の世界に隠れた春の陽だまりをザンザスが連れて帰ってくるのをまだ知らないし、その為にザンザスが新年から足繁くねむるの元に通う事になるのだ。
そして、胸元にはまた、煌々と輝いては辺りを照らすルビーの恒星を輝かせ続けてくれる事も。






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