『そのつもりはなかった』

ザンザスからの短い返事が画面に輝くもねむるの瞳が輝く事はない。
画面に夢中になっていたせいか、頭の中の景色を真剣に見つめていたせいか足元が雪に取られてしまった。慣れた場所の筈なのに調子が狂う、とため息を吐きながら家まで続く坂道を上るのに集中する。

仕事場は街にあるが、今日はなんとなくバスで行きたかったのだ。クリスマスの装飾で彩られる街とうってかわって、彼女の住まう場所にそんな雰囲気を感じれるのは近隣の家々の装飾だけである。家までの道のりで目につくのはとっくに仕事をリタイアした人間が点灯しているらしい木々にぶら下げられたランタンだけだ。
人の肌など突き刺してしまいそうに、青々と元気な針葉樹も今ばかりは雪化粧で慎ましやかに見える。

今日は午後半休だ、ランチはとっくに終えたし家でお昼寝でもしようか、と坂を上り終えた頃だった。

雪化粧が施された周囲に決して溶け込まない車が見えた。とある海の神がもつトライデントを彷彿させるマークの付いた車だ。一体どんな人間がこんな高級車を、と思うもねむるはすぐにわかった。

「ラグジュアリーな車ね」

「元気そうだな」

どのくらい彼が、車の持ち主が待っていたかはわからないがほんのり鼻の頭が赤くなっているのは気のせいではないだろう。
前髪を下したせいか、前髪を後ろへと上げていた時よりも赤い瞳が煌々と輝いているように見えた。クリスマスツリーの上で輝くトップスターなど彼の瞳の前では敵わない。

「・・・あなたもね」

気まずそうに、どこか苦そうに言葉を紡ぐかつての恋人であるねむるだが、自分と付き合っていた頃よりも元気そうに見えたのは嘘ではない。だから、彼女にそう投げたのだ。
頬には艶が戻り、髪の毛もよく手入れされている。冬服のせいで彼女の肌は良く見えないが恐らく鎖骨もはっきりと浮いてはいないだろう。


「お前が良ければやり直したい」

いやに澄んで見える空が憎たらしかった。地上を映す大きな大きな鏡の様に感じられ、自分は誰かに、この季節に祝われる者に見られているような気がした。こんな風に頭を垂れる姿を想像させるような言葉をあの男が、このザンザスが言えるなんて。
脳内で幾度も繰り返した筈の、彼を罵倒するつもりだった言葉が消えていく。

「どうして」

気持ちを落ち着かせるつもりか、涙を堪えるつもりか、ねむるは深く息を吸い込んだ。
その挙動を見つめてくるザンザスに全てを見透かされている気がしたが、ここで彼の言葉にイエス、というのは何だか嫌だった。



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