ザンザスに『私の中に影を探さないで』と告げた時の様子をねむるは思い出した。

殆ど表情を表さない筈の彼の眉が僅かに動いたのをよく覚えている。今にも掴みかかってきそうな様子であったがそれはなかった。彼の瞳の中で激しく燃え盛ろうとしていた炎が、ぴたりと静かになったのだ。先程まで降り注いでいた火の粉はどこにもなく、二人を包み込むのは恐ろしい程の静寂だ。地に落ちた火の粉は最後の力を振り絞って、恋人とは呼べぬ関係である彼らを見つめている。どんなに静まり返ろうとも、どんなに彼の瞳がよく見えても炎によって隠されていた瞳の底をねむるはよく読み取る事はできなかった。彼がそれを見せまいとしていたのか、彼女にそれ以上の勇気がなかったのか。

ザンザスはただ彼女を凝視して部屋を出て行ったから何を思っていたかは知ることは出来ないまま終わってしまった。ねむるも逃げ出してしまったし、これが最後の二人の交わした言葉になったのだ。

『ねむる
 春の陽だまりが雪の中にいるようだ』

クリスマスイブの日付が刻印された航空券が彼女元へと届いた。送り主は勿論ザンザスである。空から何事かと小さな雪の精がいくつか舞い落ちてきたが、はしたないからやめなさい、と言わんばかりに大きな雪の粒までが落ちてきた。ねむるの親指の関節の下に落ちた雪がじんわりと溶けていくように、彼女の心の中で固まっていたものが溶け出していく気がした。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -