ザンザスは難しい顔をして自身の両手を眺めていた。
真っ白な真新しい包帯は不自然なくらいに白く見え、手の甲はじくじくと痛む。痛みに堪え難い訳ではないのだろう、今までしてきた怪我に比べたら軽い方だ。痛いとは思うこともあるが食事も出来るし、書類仕事も満足できる。不満なところをあげるとすれば、一人で包帯を変えるのが面倒くさい事くらいだろうか。
「えっ」
ボンゴレ本部から戻ってきたきらは彼の父親から貰ったであろう手土産を両手でしっかりと持ちながら、ザンザスの手を見て驚いた。彼女の動揺をうつしだすかのように、夜空に浮かぶ満月の頬はどこか青白い。本当はもう少し早くヴァリアー邸に着いていた筈なのだが、酷い渋滞に巻き込まれ遅い帰宅となってしまったのだ。キッチンにはシェフがきらのためにと作ってくれたラザニアが待っているが、彼女は忘れてしまったかもしれない。
「大した怪我じゃねぇ」
「でも、両手・・・」
「飯はどうした」
少し煩わしそうな態度にきらは何も言い返せなくなったのか、少し眉尻を下げて、これお土産だって、と言って部屋から出て行ってしまった。勿論彼がそのお土産に決して興味を示さないことをわかっていても言わずにはいられなかったのだ。
スクアーロと一緒にラザニアを食べようと思ったのに、当の彼はいなかった。ルッスーリアに聞けばデートの予定があるらしい。じゃあルッスーリアは、と聞くも彼はこれから任務だったのだ。
愛する婚約者の過去を思って寂し気な気持ちになったかと思いきや、今度はその彼に払われるような態度を取られてしまう。胸に薄い雲を抱えたきらと違って月は青白くも元気に麗しく輝いては鈴虫の歌声を楽しんでいるようだ。
「あれ?」
こんな日は一人でとっておきの入浴剤を入れてゆっくり湯舟に浸かろうと決めた時だった。ルッスーリアと選んだバスキャンドルを灯して、ウィスタリア色、紫に甘いミルクを足したような藤色のバスボムを探していたのだが、どうにもスマートフォンを忘れてしまったらしい。ティモッティオの手土産の袋の中に。洗面台にバスキャンドルとバスボムを置いてきらは少し重い足取りでザンザスの部屋へ向かった。
彼女が気付くよりも先に彼はその事に気付いていた。部屋から聞こえる筈のない通知音が聞こえ、不審に思っていたのだ。その正体を当てるのはザンザスにとってはとても容易い事だった。手土産の袋の中にあったというのはわかったからといって、きらにもっていくのはなんだか気が引けたのだ。どうにか彼女が来てくれないか、と。そしてまさか、彼の願いが通じたのか、その彼女はやってきた。
「あの、忘れ物しちゃって」
「袋の中だろ」
「ああ、やっぱり!」
ソファーに置いた袋の中を覗いて安堵のため息をつく。
任務明けのザンザスを気遣い部屋に戻ろうとしたが、思わず包帯を変えようとしている彼が目についた。両手とも怪我となると巻き辛いのだろう。何度もガーゼの上から包帯を巻きなおそうとしている。
「ザンザスさん」
「なんだ」
「・・・手伝いましょうか」
しばしの沈黙が流れた後、ザンザスは小さく頷いた。きっと彼の方が手当の仕方は心得ているのだが、両手ともに負傷しているのでは中々上手くできない。早く寝たい、と思っていたこともあり彼はきらの申し出を受け入れることにした。
「これでいい?」
「ああ」
手の甲にガーゼを当て、きらはゆっくりと慣れない手つきで包帯を巻いていく。ゆっくりと、丁寧に。ホワイトテープを貼っているのだからずれる筈がないのに、それを気にしている様なのだ。ザンザスは何も言わずにじっときらの様子を、ではなく彼女の手を見つめている。自身とは違う戦いを知らない手だ。自分よりも細く、柔らかそうな手である。実際柔らかいのだが。その柔らかさのせいではないだろう、きっと、きらのせいだ。自身の想う女のせいでザンザスは妙にくすぐったい気持ちになっていた。
「痛い?」
「痛くねぇよ」
左手を終え、右手に触れる。きらは気付いていた。ザンザスがなんだかくすぐったそうなのを。今までも何度も怪我はしていた。心配されるのが嫌なのか、彼女に心配させまいとしているのか、ザンザスはそれを隠したがるのだ。事実彼女が心配そうな顔をすると彼はいつもよりも素っ気なくなる。
「くすぐったい?」
「馬鹿にしてんのか」
「してないですよ」
小さく笑みを浮かべるきらの手が止まる。あとは包帯を巻くだけなのに、ザンザスの掌をじっと見つめるばかりだ。
「・・・大きな手」
彼女の手よりも分厚くてごつごつとした手を両手で、怪我した部分に触れないようにきらは持つ。じっと彼の掌を見つめて、掌をそっとなぞった。
「掌って不思議ですよね」
「何が言いたい」
「見えない筈なのに、その人の人生を見てる気がして。ザンザスさんの手はごつごつしてて、私よりも大きくて、私より沢山の世界や温度を知ってるんだなあって思ったんです。
沢山の、色んな道を歩いてきたんだ、って」
そういってきらは包帯を巻き始める。彼女の俯く睫毛が一本一本照らし出されている気がして、ザンザスは何度か瞬きをした。春の訪れを今か今か、と待つ幼い蔦のように彼の胸周りはそわそわとしている。彼女に気付かれないように大きく息を吸い込み、ザンザスは目を瞑った。
こんな風に、愛おし気に掌を見つめられるなんて。