きらは少し不思議な気持ちになった。
ティモッティオの面会は今もなお続いており、以前より頻度は落ちたものの時折ボンゴレ邸に行く事が彼女には義務付けられていた。ザンザスがいる時もあれば、いないときもある。どちらかといない時の方が多いのだが。

上手くいっているのかい、と聞かれてきらは高揚していた気持ちを抑えらずに婚約者の父親であるティモッティオにとある写真を見せたのだ。

『殆ど写真撮らないんですけど、この間撮れて』

そう言って画面をタップし、出てきたのはザンザスときらだった。ルッスーリアが偶然撮ってくれたものだから二人とも視線はカメラの方に向いていない。ピクニックラグも敷いていない芝生の上に寝転び、頬杖をついているきらはザンザスを見つめている。彼も彼女のすぐそばに腰を掛けては、笑みを浮かべずに下から見上げてくる彼女を見つめていた。
きっと何かを喋っている最中だったのだろう、彼女の口ははっきりと弧を描いており、楽し気である。写真だけれどもきらの瞳の底には、なにか麗しい星が小さく燃えているかのように輝いている。ザンザスもザンザスで、そんな彼女の瞳をしっかりと捉えていた。撮られたことに気が付いたのはこの後なのだが、まさか、買い物帰りのルッスーリアがこんな素敵な瞬間を撮るなんてさすがと言ったところだろう。

「・・・ザンザスさん?」

「まだ十五歳にもなってない頃だよ」

写真のお礼に、といった具合でティモッティオはあるものをきらにみせた。
古く重そうな机の引き出しから取り出された写真だ。幼くあどけなさの残る、子供の頃のザンザスの写真である。額にも頬にも傷はなく、カメラのレンズすらも射抜くような眼差しは幼い頃からのものか、ときらは思った。ティモッティオから写真を受け取り、彼女は感慨深そうに写真を見つめる。写真をあまり好まない彼だ、制服をぴったりと着ているのを見る限り学年の変わり目か何かに撮ったものだろう。彼女の知らない幼い頃のザンザスだ。

「あの子の写真は殆ど残っていなくてね」

父親との仲はあまり良くないのではないか、という風に考えているきらにとっては少し驚いた出来事であった。ザンザスが知ったらどんな気持ちになるのだろうか。気持ち悪いと言って罵倒するのか、何か揉め事に発展してしまうのか。わからない。彼とその父親の間に起きた出来事を知らない以上、これ以上考える事は無意味である。彼らの揉め事、確執というべきか、それを知りかねるが少なくともティモッティオはザンザスに何かしらの温かな気持ちを持っているのだろう、ときらは思った。それが自身の婚約者であるザンザスが快く受けれるかどうかは別として。

「昔からハンサムなんですね」

そういえば嬉しそうに笑うティモッティオは確かに父親の顔をしていた。きっと、世間が想像しうる愛溢れる父親の顔はこうなのだろう、と。

ヴァリアー邸に戻る帰り道、きらは何度もザンザスの幼い頃の写真を思い出した。彼の顔から全身にある傷は十代の後半以降に得たのかと想像する。子供が知らなくても良かったであろう悲しみを早くに知ったせいなのか、何かを悲観していたのか、写真に写った彼の表情はどこか険しかった。笑みを浮かべずに見つめるカメラのレンズの奥には何が見えていたのだろうか。何か忌むべき存在なのか。
瞳の底に宿しているのはただの赤い恒星ではなかったように思えてならない。

きらの知ることのないザンザスは、まだ幼い彼は、どんな時間を過ごしていたのだろうか。

「なんだぁ、食い過ぎたかぁ」

「違うー」

いつもなら姿勢よく後部座席に座って居るきらが珍しく車窓に頭をもたげて居る。
バックミラーから見えた彼女をスクアーロは気遣っているつもりだ。どうにもティモッティオは彼女を婚約者というよりは可愛いお嬢さん、として扱いたがるらしい。現に彼女の隣には彼からのお土産と称した高価な贈物が入った袋がある。

「・・・ザンザスさんもう帰ってきたかな」

「居るんじゃねぇか?」

「そっか」

無性に彼を抱き締めたい気持ちになったのだ。本当を言えば、時を巻き戻して、あの写真の頃の彼を抱き締めてあげたくなった。あの少年の頃の彼を抱き締めて、固まった背中をさすってあげたかった。勿論叶うことではないから、きらは早く屋敷に戻りたくなったのである。

赤い恒星に纏わりつく歪な影が彼の背中を強張らせているのなら、その強張りを拭える力があればいいのに、と願った。

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