のろのろと進む食事だったが、ザンザスの登場により参加者の言葉は少なくなり結果として食事会は早々に終わった。デザートの後に出てくるエスプレッソなんて、彼は食後酒を煽るようにあっという間に飲み干してしまった。食後酒を煽るようにとは少し言い過ぎかもしれないが、きらは彼が現れた事で蜘蛛の巣を散らすように参加者が帰りたがっているような気がしたのだ。

彼女は改めて、自身の婚約者が婚姻がどれ程異質で、どれ程周囲から奇異の眼差しを向けられるものなのか理解した。誰もが彼と目線を合わせないように息を潜めるこの会食には暖炉の暖かさなどどこにもなかった。
そしてそれをくみ取ったのだろう、ティモッテオの「年寄りが夜更かしをするのは難しくてね」という言葉とともに会はお開きとなった。

ザンザスが登場してから随分と忙しない食事になってしまったけれども、きらはこれで良かったのだと思った。

「暖炉もないわけ?」
「暖炉くらいはあるわよ、薪を割ってもらわなきゃいけないわ」
「僕は出来ないから、君がやってよ」
「はぁ?王子にやらせるとかありえねー」

ホテルまでの短い道のりを黒いコートに身を包んだ人間達と歩く。
夜風というよりも、北風が人間を家の中に追い込む様に、ぴゅうぴゅうと吹いていた。ガス灯のまだある小さな街、ティモッテオ側の人間に向けられた視線を思い出しながらもきらはベル達の会話をくすくすと笑った。

「でも一泊だけだし、暖炉がなくても」
「う゛ぉおい、そりゃあ無理だぁ。今夜はぐっと冷える」
「そんなに?」

スクアーロが差し出したスマートフォンをきらは覗き込む。
アプリの予想気温によれば今夜は一気に5度よりも下回ってしまうらしい。それは寒いかも、と彼女が肩を竦めた瞬間である。ザンザスがスクアーロを突き飛ばすように、2人の間へ割って入って来たのだ。

「何すんだぁ!」
「人の前で歩くんじゃねぇ、邪魔だ」

後ろでルッスーリアのオホホ、という小気味よい声が聞こえる。

「ボスの前を歩くお前がおかしいのだ!」

レヴィの言葉がスクアーロを苛立たせたようで、やんのか!と途端にけたたましくなる。後ろを見て笑っていたせいだろう、きらの行く手は突然阻まれてしまった。ザンザスの手によって。

「車だ」
「あ、ごめんなさい」

信号のない横断歩道を車が数台走り抜けていく。
歩き出そうと一歩を踏み出した時、ザンザスに指を絡めとられきらは思わず胸をどきり、と高鳴らせた。久しぶりの想い人の手だ。自分の手がすっかり冷たくなったのか、彼の温度が高いのか。どちらが理由かはわからないけれども、彼の手は大きくて温かった。

「仕事、忙しかったですか?」
「いつも通りだな」
「いつも通り?」
「別に変らない」

いつも通りって言われてもわからないけど、でも彼がそういうならそうなのだろう。
きらはそれ以上聞かなかった。

「お前が出て来た」
「え?出て来た?」
「夢に」

ホテルまであとちょっとの、2つ目の横断歩道。
赤信号の元で立ち止まり言われた言葉は想像よりもロマンティックだった。こんな言葉が聞けるなんて、こんな言葉を言われるなんて1年前は思いもしなかった。こんな風に熱っぽい眼差しを向けられて、勿論機械の赤色とは比べ物にならないくらい、とろりと何かが燃えている赤い瞳だ。きらは指先がじわじわと熱くなっていくのを感じた。

「ザンザスさんが、夢に出てくれないから」

あんなに恐ろしかった赤い眼差しが今は怖くない。
時の流れのせいだけではない。彼と確かに時を重ね、互いの想いを重ねた結果がこれなのだ。深まりゆく秋に葉は紅く染まり、冬を迎えるだろう。彼と迎える2度目の冬の訪れがきらは信じられなかった。

「そんなに暇じゃねぇ」

は、と笑われまた手を引かれる。
パンプスが石畳の上を叩く。その音は複数も幾重も鳴っている。
どんなに異質な存在、その集団の上に立つ人間の婚約者と見られても、その異質な存在が彼女の全てとなったのだ。異質な存在はそちらの方だ、と言いたくなるくらいきらはヴァリアーのいる世界に肌を染めて行った。
そして、彼女はこれまでの日々を思い出しながら、ザンザスの手を強く握りしめた。そして彼もまた、彼女の小さな手を強く握り返した。

このままずっと、彼らと一緒なのだときらは自身の運命の先を想像した。華やかな祝福に溢れた春のような世界ではなくても、冬の良く晴れた日、雪原がきらきらと輝くような世界に自分は住むのだ。
たとえそれが血に染まるような世界であっても、雪が全てを飲み込むだろう。
そんな彼女を北風を守るように、ホテルの扉は重く強く扉を閉じた。ザンザスの長い長い冬に降り立った太陽のような彼女は、暗くも暖かな冬の世界に留まる事を幸福に思った。

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