よく晴れた夜であった。
ザンザスが言っていたレストランは家族経営のこじんまりとした所だった。裏の世界の人間なのだから、もっと豪華な店によく行くものではないかと思っていたきらは少し驚いたが、これくらいこじんまりしている方が都合も良いかもしれない。
暖炉の中のような橙色のあたたかな店の中はそういった職業の、ティモッテオが懇意しているごく少数の人間でいっぱいだった。店の前には手書きで「貸し切り」という文字とともに黒い服を着た顔に皺の入った男が2人立っていた。

「ここは伝統的なイタリア料理のお店でね」

そういうティモッテオの言葉にきらは相槌を打ちながら、出されてくる料理を一皿一皿丁寧に静かに食べた。黒いベロアのワンピースにハートシェイプの胸元が寂しくならないように、とパールのネックレスがうるりと輝いている。
窓辺から差し込む満月の灯りを見つめては、彼女は昨年の冬を思い出した。自分の運命が大きく変わりだした、表の世界から、満月の裏側にある入り組んだ階段を下っていった日を思い出したのだ。
得意ではない重く渋い赤ワインを少しだけ飲み干す。喉元を通り過ぎれば、別に何ともないがワインのように、彼女は自分の下った運命が喉元を過ぎるのを待つことは出来ない。体に染み込み、きらのこれまでの生活も全てを変えてしまった。

赤みがかった紫色の液体を見つめては彼女はぼんやりと、ザンザスさんの目はこんなに紫じゃないな、と考えた。彼女の婚約者はまだレストランに来ていない。ティモッテオも「時間のかかる用事で」と言っているから、そうなのだろう。
料理はとっくに肉料理が出てきていた。ザンザスさんならすぐに食べ切れるだろうに、と考えながら食べる自分が何故か少しだけ嫌になった。

仕事とはいえ、約束していた場所に彼がいないと何だか見捨てられた気持ちになってしまうのだ。そんな事する人ではないのに、どうにも彼女の育ってきた環境による記憶が細胞までしみ込んでいるらしい。

「ちょっと、お手洗いに」

きらと目が合った店のマダムが人懐っこい笑みを浮かべて、手洗いの場所まで連れて行ってくれた。金色で縁どられた鏡の前でアイラインが落ちていないか、マスカラが落ちていないか、をチェックして乱れた髪の毛を直して手洗いから出た時である。

ぱちり、と見慣れない男2人と目が合った。不審な男達ではない。ティモッテオの下の若い男達である。斜め向かいに座って居たから顔は覚えているが、きらはなんだか嫌な気持ちになった。
じろじろと、彼女を品定めするように見つめてくるのだ。見つめてはひそひそと何か話し合っている。イタリア語を完璧にわからなくとも、不愉快な気持ちになった。

「そこにいたのか」

嫌な気持ちになりながらも、悔しくて男達の方へじっと視線を投げ返しているせいだろう。鈍く張りつめた空気がこの廊下から、彼女の席まで雪崩れ込むのを止めるようにきらは大きな壁とぶつかった。正確には壁ではなく、ザンザスとであるが。


「わ、え、あ」

自分の婚約者がこの店にやってくる事はないと思い込んでいたから、きらは大層おどろいた。久しぶりにあった婚約者の顔をまじまじと見つめたまま、言葉が出てこない。
でも、そんな彼女をお構いなしにザンザスはきらの腕を掴んで席へと戻されてしまった。まるで2人の男達の視線から彼女という存在を隠すようにして。

「あんな奴らの相手をするな」
「し、してないです」
「睨みつけてただろ」

いつからいたんですか、と聞こうにも廊下から食事の席まではあっという間だった。ザンザスは紳士らしく彼女の椅子を引いてやり、きらを座らせた。件の争奪戦から時間は経っていたが、ザンザスがやってきたのは幾分かその場に緊張感をもたらせたらしく、彼が居ない間の和やかな雰囲気はテーブルの下へ沈みこんでいってしまった。

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