今回のザンザスの任務はきらがイタリアにきてから初めての長期任務となった。
クリスマスまでに家に帰ってきてね、なんて歌が流れるよりももっと早く、でもぐっと寒く
なった頃に彼の戻りが決まったのだ。
任務に出た人間誰も怪我をすることもなく、何か報復されることもなくめでたく終わったらしい。きらはそうなのか、と驚きながらも自身に起きた急襲事件などを思い出してはそれはめでたいよね、と心の中で納得した。


「困ったわね、暖房が壊れちゃうなんて。まあそれでもお湯が出るだけましかもしれないわね」

落ち合おうと約束したホテルの暖房が壊れているとスクアーロから連絡があったのだ。木々の葉が紅く染まり、風は随分と冷たくなった。カシミアのコートなしでは外に出られない。特に今日は冷え込みが強く北風が太陽の陽気を飛ばすように、びゅうびゅうと木々を揺らしてはきらを乗せた黒い車に華やかさを添えている。添えられたのは赤い葉っぱであるが。紅く染まった木々が道筋を示す様に、等間隔に植えられているが彼女の視線は外にはなかった。
この車のナビの時間に視線は向けられている。だって、このナビの示す時間が短くなればなるほど、ザンザスにもうすぐ会えるという事なのだ。

ホテルの部屋で待つ彼はどんな顔をしているだろう。
夜に控えたティモッテオとその親しい同盟の人間との食事会に備えて苛立っているだろうか、それともソファーの反対のひじ掛けに足を投げ出してはひと眠りしているだろうか。
会ったらどんな顔をすれば良いのだろうか。きらはぐるぐると思考を張り巡らせた。

「変じゃない?」
「やめてちょうだい、変じゃないわよ!」

ルッスーリアに質問するには失礼だったかもしれない。
せっかく一緒に選んでくれた洋服だったのに、ときらは少し自分の言葉を恥じた。
カードキーをレヴィから受け取り、ホテルの最上階へと向かう。車から降りてしまえばナビはない。ナビはないけれども、この小さなホテルの階段をのぼりながら彼女は頭の中で回数を数えた。
こっちは0階が1階だから、今は2階で・・・3階、4階、と計算して上った。
ワンフロアに3部屋しかない小さくて、くるみ割り人形のような小さなホテルの最上階に辿り着いてきらは古風なホテルには似つかわしいカードキーをドアにかざした。

どきどきと張り裂けそうな音で鼓膜が埋まる。
けれども、ザンザスはいなかった。

「……そっかぁ」

言わずもがな、彼女は拍子抜けした。
自分の小さな荷物はドアのすぐ目の前にちょこん、と置かれていた。部屋は暖房が壊れたせいもありあまり温かくなかった。

しかし、既にザンザスが何泊かしている筈なのに、宿泊していたのを感じないくらい部屋は整然としていた。人が泊っている事を感じさせるのは、大きすぎるウォークインクローゼットには彼の服が数着寂し気に並んでいるくらいだろう。黒いキャリーケースは丁寧に閉じられている。

きらは部屋を見渡しながら少しがっかりしたのと同時に、ほんの少し安堵した。
深緑色のソファーに腰かけてテーブルのメモを手に取った。

『用を片付ける。20時までに連絡した場所に来い』

ザンザスが書き残した短いメモを見てから、きらは天井を仰いだ。
確かに、彼から半刻ほど前にレストランのURLが送られていた。ここから歩いて5分もしない場所にある老舗のレストランである。指定の時間まであと2時間、彼女はとりあえず部屋に備え付けられているコーヒーマシンでカプチーノを飲むことにした。

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