ザンザスは殆どきらに連絡をしない。
それは彼女が日本に戻った時も同じだったし、彼女がこちらにやってきても変わらなかった。ただ時折、彼は自分が思いついたようにきらに電話をしたりごくごく短いメッセージを送ってくるらいだった。いずれも月に何度か、というものだけれども。

だから、今回の任務も連絡はないのだろうときらは思っていた。それで癇癪を起こすことも彼女はなかった。だって、連絡を取り合って仲を深めた訳ではないから。とは言っても、彼から連絡が来るときらは頬の筋肉を緩めずにはいられない。
食事中なのに、ティーンエイジャーのようにスマートフォンをテーブル下に隠して彼からくる短い返信を見た。

『それはわからない』

他愛もない話を続けているだけなのに、きらは嬉しくてたまらなかった。電話も嬉しいけど、こうして文字で残るのもまた彼女の胸を躍らせた。電話は跡には残らないがメッセージなら何度も読み返せる。
ザッツアモーレ、それはそうだ。きらは時々顔を上げて周囲を見渡した。幸いなことに今日はスクアーロとベル、マーモンしかいない。それに彼らは何だか口喧嘩をしているし、マーモンはとにかく食事を終える事に集中している。
その様子を見てよかった、と安堵した。きっと他人が見れば恋人同士らしくない殺風景なメッセージ画面に大袈裟な横目を向けてくるかもしれない。
でも、きらにとってみれば今にも画面から青い小鳥が何羽も飛び出してはベイビーブルーのリボンで髪の毛を結ってくれそうなくらい幸福だったのだ。小鳥が飛び出しては彼女に笑みをもたらしているのを気づかれたくなかった。どうせ、からかわれるから。

『ベルとスクアーロが喧嘩してる』
『いつもだ』
『昔から?』
『明日は何かするのか』

返信がぶつかり合う。
きっとザンザスにとってみればどうでも良い話題だったのだろう。きらは顔を下に向けたまま目だけを上に向けて、また周囲の様子を見た。彼女を気にする者はいない。マーモンが巻き込まれてしまったから余計だ。

『明日はイタリア語の勉強です。A2に受からなきゃ』
『いつなんだ』
『来年の1月』
『そうか』
『今何してるんですか?』

なんとなく、彼はこういった類の質問は好きではない気がしていたがきらはうっかり聞いてしまった。恋する乙女の胸が踊るあまり理性という液体に蓋をしてしまったのかもしれない。
文字を打っている事を知らせる「・・・」が揺れる。しかし揺れては消え、揺れては消える。
あ、と一抹の不安が襲った所でスクアーロの大声が食堂いっぱいに響き渡った。
きらは驚き顔を上げたが、スクアーロが何を言っているかはまるでわからない。でも、剣を抜き出したところで彼女は食堂を後にする事にした。
ガシャーン!と大きな音が閉じた扉越しに聞こえたが、使用人は動じていなかった。こんなの、日常茶飯事なのだ。


『ホテルに居る。
明日はまた移動する必要がある』

階段をのぼっていると、スマートフォンの画面が光った。移動する必要がある、という言葉に胸がざわざわとした。

『また?』
『ああ』
『怪我は?』
『してねえ』

じゃあいいのかな、ときらは思った。ザンザスは多くを話さない。元から寡黙、寡黙と良いのかわからず彼女は眉間に皺を寄せた。いずれにせよ仕事の話は教えてもらえない。だから彼女は彼の無事だけを祈るしかないのだ。

『そっか、じゃあいいですね』

良いですね、というのも変な話かもしれないが帰らぬ夫になるのは嫌だった。まだ夫とは呼べないが。
きらが部屋に戻ってからも、ザンザスと短いメッセージのやりとりは続いた。21時近くから取り合っていたやりとりは23時過ぎまで続いた。あまりにも長く続いたものだから、幸せの青い小鳥は彼女の髪の毛にベイビーブルーのリボンを編み込んだ。
そのおかげか、やり取りが終わった後もきらは胸がたっぷりと満たされたように幸せな気持ちのままだった。

そして、うっかりとこのメッセージ画面を消さないようしよう、と心に固く誓い眠りにつくことにした。あと、ルッスーリアにも連絡するのを忘れないように、と。

ザンザスが彼女に『宝飾品は持ってくるな』と言っていたから、ルッスーリアに伝えないと当日に差し障るかもしれないからだ。ザンザスの言葉の意味はわからないが、彼女はとりあえずわかった、と告げた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -