きらは自分の中に今まで無かった感覚が芽生えた事に気付いた。

ルッスーリアと観に行った映画のせいなのか、得も言われぬ感情に取りつかれてしまったのだ。恐らく、ザンザスと肌を合わせる前には知る事のなかった感情が、きらの下腹を焦がしている気がしていた。

映画は生憎イタリア語での上映であったが、男女が激しく愛を交わすシーンは問題なくわかった。愛を交わすのに言葉なんていらないのよ、とルッスーリアなら言いそうだが、その通りだときらは思った。映画といえど、確かに主人公の男はヒロインに欲情していた。

熱っぽくヒロインの名前を呼んだ時、きらは自身の婚約者を思い出した。

『きら』

耳元でそう名前を呼ばれ、ぞくぞくしない女などいるのだろうか。
溢れそうな情炎の炎を抑えようと必死に堪えようとザンザスは苦しんでいたのだ。
少なくとも、きらに対しては、であるが。指図される事を嫌うあの男が、あんなにも私を困らせた男なのに、ときらはザンザスに優越感を覚えている自分がいる事にも気付いた。

荒々しくヒロインの服を脱がすシーンは自分もザンザスにそうされたらどうだろうか、と頭の中で情景を丁寧に重ねた。きっとこの映画の俳優よりも高い体温で、ザンザスの指先が肌に当たる度に焦がされてしまいそうな感覚に陥るかもしれないと思った。
けれども今は依然ザンザスに与えられた情炎の炎を思い出しては、その感覚に飲まれているのだが。

溶けだしたアイスクリームが再び同じ形に戻らないのと同じように、きらの体中にザンザスから教えられた感情が広がっていく。もうとっくに彼女は映画を思い浮かべていない。彼女が思い出しているのは、自身に欲情している婚約者の姿なのだ。

『痛かったら言え』

そう言って、彼以外に触らせた事のない場所に触られた瞬間を思い出す。
ちらりと盗み見した時、ザンザスの瞳は炎で渦巻いていた。自分への欲情でいっぱいいっぱいになった瞳だ。はち切れんばかりの情炎の炎が渦巻いていて、ああ、自分以外の事は考えられない状態だと初心ながらに思った。
同時に、欲情されるのは恐ろしいものだとも。ザンザス自身のものなのに、その炎のせいで判断力は鈍るだろう。扉に押しやられた時の行為が怖くなかったと言えば嘘になるが、それ以上にザンザスに激しく求められる事を嬉しく思った。

愛する男から自分を一心に求められるのはなんて快楽的なのだろうかと、きらは官能的な思考に完全に溺れてしまった。甘い炎を燃やしたままごろり、とベッドに寝そべる。
出来る事ならこのままザンザスに激しく求められたい。そう願ってしまった。

自分の中に欲を吐き出したくて苦し気な顔をするザンザスが見たい。自分だけで、彼の中をいっぱいにしたい。目の前に彼がいればどんなに良かっただろうか。まさか映画を観てこんな気持ちになるなんて彼女は夢にも思わなかった。
きらはそんな自分に混乱しながらも少し艶めかしい溜息を吐いて、窓に視線をやる。
乙女の情熱的な思考は見まい、と月は薄雲の袖に隠れているが、十分部屋は明るい。

あんなに恥ずかしかったのに今やザンザスと肌を交わして、最後までするのを期待している自分がいた。まだ慣れないが、下腹部を圧迫する感覚すら恋しいと思ってしまうのだ。
誰にも言えないこの感情を堪えるように、きらは自身のスマートフォンを手繰り寄せた。

「きてない」

ザンザスが連絡不精なのは知っている。メッセージが短くてもくれば良い方なのもわかってる。でも、今日だけはどうにも彼からの言葉が欲しかった。この心寂しさ、この物し気な気持ちが少しでも和らぐような気がして少し不機嫌になってしまった。

せめて夢にでも出てきてくれれば良いのに、夢で少しでも甘やかしてくれれば良いのに、なんて。

恋の魔法とはよく言ったものである。


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