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せっかく、結ばれたのに思うように逢瀬を重ねられないのは魔女の呪いなのでしょうか。

不幸なことにザンザスに急な仕事が立て込むようになりました。いつもなら手伝える筈のベルも生憎いまは猫です。猫の手も借りたい所ですが、近頃は益々ベルと意思疎通が出来なくなってしまいました。たとえ意思の疎通が出来ていても、こればっかりは猫では務まりませんが。

なまえもザンザスの仕事が忙しいのはわかっていました。仕方ないもの、と言って肩を竦めた彼女はどこか寂し気でしたが、彼女にも仕事はありますし、仕事の大切さを理解していたので特に咎められることもなかったのです。そして、何か気を利かせているつもりかもしれません、自由がきかなくなったザンザスのかわりにベルがよくなまえのもとに訪れるようになりました。

「今日も猫のお客さんがきてるね」

父親の言葉になまえはあらあら、と言って玄関まで向かいます。夏の日差しが僅かに和らぎつつある、秋の訪れを思わせる朝です。父親は友人とボート遊びに出かけてしまい、なまえとベルは二人っきりになりました。

「自分できたの?」

当たり前じゃん、と言いたげに不満げな鳴き声をベルはあげます。

「まあ、賢い猫だこと」

そんなのずっとずっと知っています。事実、ベルは顔を洗うのに夢中で、なまえの賛辞はあまり真剣に聞いていませんでした。彼女も彼女でベルを生意気だとおもうこともありませんでした、こんな風に等身大に生きてみたい、と憧れすら抱いていたのですから。

ベルがやってきたからと言って、特になまえは遊ぶわけではありません。猫が好きそうな動くネズミのおもちゃを買ってもいまいち反応を示さず、示すには示しますがいまいち続きませんでした。けれども、彼女が興味半分でパソコンで見ていたゲーム動画には興味をとても示しました。膝の上に飛び乗り、じっと画面を見つめていたのです。

「動くから観てて面白いのかしら」

今日も彼女はそれをぼやきながら、ダイニングチェアに腰かけて、背筋をしっかり伸ばして見るベルに問いかけました。時折、低い声で唸りながら画面を叩きます。やっぱり猫は動くものがすきなんだわ、と思うなまえですがそれは違います。ベルがこのゲームのプレイヤーに文句をつけているのです。自分だったらもっと上手に出来るのに!と。

『家にいるのか』

小さく短い音が鳴りました。動画に夢中だったはずのベルがなまえを呼びつけ、携帯の画面に映し出されているものを知らせます。

「あなたがここにいるってわかってるんだわ」

そういうなまえの声音はとても嬉しそうです。ベルはゲームの動画そっちのけで、今度は彼女が打つ文字を真剣に見つめました。ホテルに一人でいるのが退屈だというのは勿論です。どうせならなまえといた方が楽しいし、ザンザスも口実に彼女に会いに来れるからだ、とベルなりに考えたことでした。

『ベルと一緒にね、夕飯でもどう?彼にはささみをあげるけど』

仕事が忙しければいいの、と打とうとしましたが、それよりも先にザンザスから返事が来ます。たった一言、行く、だけです。この一言でどれほどなまえが嬉しそうにベルを見て微笑んだか。

「あなたって幸福の猫だわ、ベル」

だって王子だし、とベルは言ったつもりでしょう。ご機嫌な猫の鳴き声になまえは至極幸せそうな笑顔でキッチンに立ちました。
ことことと煮込まれるトマトがベルのピンク色の鼻を突きます。いつもは邪険にしている筈のルッスーリアを思い出してしまったのは何故でしょうか。真剣に観ていた筈のゲーム動画は広告に邪魔されてしまいます。広告のせいなのか、なまえの料理の匂いのせいなのか、やる気がなくなったように玄関扉のマットの上に寝転びます。

「ザンザスを驚かせたいの?」

エプロンで手を拭いながらくるなまえにはわかりません。ちょっと気が滅入ってしまっていることを。耳が少し垂れているのもそのせいです。

「夕涼みしながら待ちましょう」

料理のために結んだ髪の毛を解いて、玄関ポーチに置かれた木のベンチに座りました。ベルはなまえの膝の上で丸まって撫でられるばかりです。夏とは言え暦は秋だからでしょうか、夕方の風は涼しく心地良いものでした。庭に植えられた花々もその涼やかな風に頬を撫でられご機嫌なのでしょう、ゆるやかに体を揺らしています。
薄いピンクのコットンキャンディーが淡いブルーの空に溶け込みます。夜と昼間の間に見える可愛らしい景色で、なまえはそれを愛おしそうに見つめて目を閉じた時でした。

「なまえ」

ぱちり、と目を開けた彼女は驚き膝を跳ねてしまいます。そのせいでベルもびっくりして膝から飛んで降りていってしまいましたが、名前を呼んだ主は気にしていないようでした。