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ガールフレンドの真似っこだなんて。

ザンザスは気の利いた一言でもすぐに言えれば良いのに、と何度思ったことでしょう。たった一言言えれば、何か違うのかもしれません。その何かの先を彼はいまいち想像出来ません。なまえは彼が褒めれば喜んでくれるでしょうか。でも、喜んでくれるかどうか自信がありません。その言葉をいったあとのなまえの顔を何度も想像するのですが、青空を覆い尽くしてしまう程の大きな靄がかかったように目の前が見えなくなるのです。

「お前に可愛らしい恋人がいたとはね。この間の話はなかったことにしよう」

ティモッティオの言葉はなまえには聞こえていません。彼女はキャバッローネのドン、跳ね馬ディーノとのお喋りに夢中なのです。偶然にも共通の古い友人がいたらしく、その人間の昔話で盛り上がっています。耳飾りは優しく揺らめき、なまえの顔にハイライトを差すようです。流れるような腰の曲線は麗しくもどこか煽情的で、その腰に触れて会話の邪魔を出来れば、とザンザスは思いました。

「はは、そうか。じゃあ今度はそいつと一緒に飲もう。ザンザスも」

「そうね、ありがとう。嬉しいわ、お話出来て」

「早く恋人の所に返さないとな」

少し時間を忘れてしまったようです。ディーノはいけない、と思ってザンザスを探しましたが、彼も彼で珍しく話し込んでいました。なまえとまた印象の違った女性です。彼はすぐに仕事の話ではないかと検討がつきましたが、なまえにはそうはいきませんでした。綺麗な女性です。彼女の眼差しは真剣そのもので、何かを訴えています。決して愛を語らっている姿には見えませんが、それでもなまえはその女性が気になりました。

「外で彼を待つわ、またね」

別に恋人同士でもないのです。わかっています。恋人同士でもないのだから、彼が他人と話し込んでいようが、彼女が他人と話し込んでいようが構わないのです。でも、ちょっとだけ彼を放っておいて話し込んでしまった罰なのかしら、となまえは落ち込んでしまいました。彼に恋人のふりを頼まれて彼女はまさに有頂天でした。気難しそうな彼に信頼されている気すらしました。明るい広間から抜けて、なまえは明かりの殆どない裏庭に抜けます。

暗く、でもどこか青く染まる裏庭です。恋人になった気になっていたなまえは自分が恥ずかしくなりました。浮かれているのは自分だけかもしれない、と。明るい広間から逃げるように奥の方まで行けばベンチなどありません。芝生の上に座り込んでそのまま仰向けになった時でした。

にゃおん!と鳴き声がしました。

「えっ!うそ!ベル!?」

なんと、偶然にもベルが庭にいたのです。部屋から出るときに確かに鍵をかけたのですが、どういう事でしょうか。ここだけの話ですが、ベルは掃除の係の者が部屋に入ってきた拍子に抜け出したのです。ホテルの外を探索して疲れて、ここで暫し休憩を取っていたようです。

「・・・不思議な子ね」

どうにも物寂しい気持ちになっていたなまえは寝転んだまま、うつ伏せになってベルを撫でました。ベッドとはまた違う、柔らかな芝生の上です。ワンピースが汚れるのも気にならないのでしょうか。彼女は黙ったまま、ベルを撫でるばかりです。ボスは?と辺りを見回しますがいません。喧嘩でもしてしまったのか、とベルは次第に暗い気持ちになりました。


「私、ガールフレンドの真似っこなのに本当の恋人になったつもりになっちゃった。
恥ずかしいでしょ」

ゆっくりと話し出すなまえはどこか自信がなさそうです。ベルは知っています。ザンザスは本当になまえに恋人になって欲しいんだと言う事を。自分の呪いを解いて欲しいのも勿論ですが、どうしてザンザスがいまいち足を踏み出せないのかベルは理解できません。

ザンザスは気付いていないのでしょうか。なまえが彼に向ける瞳の中を。
なまえも気付いていないのでしょうか。ザンザスが彼女に向ける瞳の中を。

溶けだして混ざり合ってしまいそうなのに、二人はそれを隠そうとしているのです。