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ベルの言葉が理解できなくなった事は、マーモンに言わせれば確かに呪いが進んでいる証だと言います。魔女はベルの命を、ティアラを奪おうとしているのです。

『僕はあの魔女がどういうつもりか知らないけれども、ボスが少しでもその女の子の心を掴めれば呪いの進行は遅くなる筈だよ』

ルッスーリアはザンザスの名前が映し出された携帯の画面を見ては、頬に手を当てて小さくため息をつきました。ザンザスにはいささか難しい呪いの解き方なのです。魔女のお遊びだ、と言って端に寄せれれば良いもののそうはいきません。そして更に辛いことに、ザンザスには縁談の話が持ち上がっていました。なまえに幸福を祈られたにも関わらず、ティモッティオとの食事で彼は自身の、彼に言わせれば愛息子に良い妻を、と一人の麗しい女性の名前を告げたのです。勿論ですがザンザスは猛反対をしました。彼も良い年齢です。縁談を告げられた事に不快になったというよりも、彼の心の奥底で何かが弾けるように嫌悪感が溢れでたのです。その嫌悪感が彼の心を掻きむしっては、彼を酷く苛立たせました。

「ガールフレンドの真似っこね」

ボスはガールフレンドになって欲しいんだよ、と思いながらベルはベッドからなまえの足姿を眺めます。あまりにもティモッティオが折れない為、恋人がいるという嘘を付いたのでした。事情を聞いたザンザスの想い人であるなまえは彼が確かにシングルである事に喜び、その喜びを胸に秘めたまま笑顔でパーティーへの参加に了承しました。

という訳でなまえはザンザスが用意してくれたホテルの一室で、精一杯おめかしをしていました。ベルはなまえの洋服に自身の跡を残さないように少し離れています。ザンザスと会話が出来なくなってしまった事がショックだったようで、特に、ザンザスがベルを驚いたように見た目が忘れられないのです。自分は本当に猫になってしまって、このまま死んでしまうのではないか、ボスは自分を助けてくれないのではないか、という言語化し難い不安に苛まれています。
ザンザスといるよりもなまえといる方が落ち着く気がして、この部屋に閉じこもっているのです。

「変じゃない?」

なまえの問いかけにベルは顔をあげます。耳をぴこぴこと動かして何も言いません。
カジュアルなパーティーによく映える、鮮やかなワンピースです。腰を細く見せてくれて、女性的な曲線を強調するように裾にはたっぷりとしたプリーツが入っています。彼女の魅力を出すには十分ですが、何かが足りない気がします。ベルはベッドから軽やかに降り立ち、くるり、となまえの足元を回ります。

「王子様のお眼鏡にかなうかしら」

なまえは楽しそうに笑うばかりです。この王子様がベルなのか、ザンザスなのか答えは彼女にしかわかりません。ベルの綺麗な瞳と目が合ったかと思いきや、ベルはドレッサーの上に登っては、そこに置かれたままだった月の灯りを閉じ込めたような耳飾りを手でたたきました。

アクセサリーがなくともこのワンピースだけでも良いとなまえは思っていたので、驚きました。自分の言葉が分かったのかしら、と疑問に思いながらもベルに話しかけます。

「これをしたほうがいい?似合う?」

ベルと目線が合うようにドレッサーに腰かけます。ベルはそうだってば!と鳴いてみせました。開いた口から鋭い歯が見えます。怒ってはいないと思いましたが、どうにもベルに従った方が良い気がしてなまえは耳飾りをしてみました。

ワンピースの色と相まって、透き通った丸い耳飾りがなまえの顔をはっきりとうつし出しました。持ってきたものの派手過ぎるのではないか、と彼女は心配していましたがどうやたその必要はありません。そして、どうにもこの猫はファッションセスが抜群のようです。


「ベルがつけろって教えてくれたの」

「そんなに賢い猫だとはな」

二つ程離れた部屋からザンザスが迎えに来てくれました。なまえの後ろでベルはご褒美をくれても良いんだよ、と前足をわざとらしく舐めています。だって、着飾ったなまえを見た瞬間、ザンザスの瞳の底が静かに燃えだしたのですから。