瓶詰の夜のジャム



「どうした」

「・・・仕事、嫌で」

久しぶりに会ったなまえは随分疲れている様だった。飛行機を乗り継いで列車での移動を経たのだから致し方ないだろう、と思うもザンザスにはそれ以上に何かに疲れている気がしていたのだ。だから、彼女が泣き出したのを見てもあまり驚かなかったのが本音である。隠れ家レストランなんだって、とルッスーリアに薦められたらしいレストランの食事はどれも素晴らしく、どちらも酒が良く進んだが故に彼女に涙腺の壁を壊させたのかもしれない。

「そんなに嫌か」

店員やほかの客に不審な視線を注がれている訳ではない。けれども、やはりこうした場で涙を溢すのは何だか憚られる気がしてなまえはなるべく静かに泣き、なるべく早く涙を引っ込む様にと努力するも、涙はなかなか収まらなかった。堪えようとすればするほど、喉は焼けていき瞼の裏は熱い。ザンザスは向かいに座ったまま、その質問をしてきてから何も話してこず、ただただなまえが話始めるのを待っている。

「・・・ちょっと」

「そうか」

すん、と鼻を啜り、鞄の中から淡い色のハンカチを取り出してなまえは涙を抑えた。テーブルの上に置いてある皿の中はとっくに空っぽだ。メインデッシュもデザートもとっくに平らげてしまった。温かく白いミルクの泡しかないマグカップはどこか寂し気になまえを眺めている。その涙とラテのミルクは相いれないだろう。ただの残されたミルクフォームだ。なのに、この場に自分がそぐわない、とラテに言われた気がしてしまう。こんな風に仕事でも浮いているのだろうか、自分はうまくやれてない、どうして、と頭の中に黒い雲が立ち込めては、仕事で上手く行かなった時の記憶が蘇った。

喉の奥がたちまち締め付けられ、しゃくりを上げてしまいそうな声を堪えた時だった。

「出るか」

ザンザスがなまえを連れ出す様に退店を促したのだ。彼女は首を縦に振って、先を歩く彼の後をついて行った。泣いているなまえを見たここのママンが気を遣うように背中を摩ってくれた。その優しさに礼を言えたら良かったが、喉が焼けて上手く話せなかったのでなまえは微笑んで店を出ることしにした。

「・・・手?」

「なんだ」

「いつも、繋がないじゃない」

「それがどうした」

月は薄い雲のせいでいまいち見えない。ザンザスがどんな表情をしているのかも見えないのは、決して月明かりが薄いせいだけではない。彼女の視界が涙でまだ歪んでいるからだ。店からでて差し出された、というよりはザンザスに手を握られて歩くのは不思議だった。歩くときに腕を組むことはあれど、二人は殆ど手を繋がなかった。せめて映画を観ている時になまえが怖がって彼のシャツを思いっきり掴んで、それをやめさせる為に手を握ってくる時くらいである。泣き出してから独りぼっちのような気がしていたのに、今はそんな気持ちではない。言葉数の少ない彼だが、彼なりに彼女の気持ちを汲み取ってくれた結果なのだろう。

暗い気持ちのまま水の中に沈み込んでは、溺れてしまうと思われたからかもしれない。

ホテルに戻りエレベーターに乗り込んだ後も、ザンザスは珍しくなまえを抱き寄せてずっと髪の毛を手で梳いてくれた。エレベーターの絵画のように縁どられた鏡でその様子を見てなまえは少しだけくすぐったくなった。

「ねぇ」

彼がどう思っているかなんて、なまえもはっきりわからない。でも、普段ならしてくれない事を自らしてくれるあたり、自分を心配してくれてるのだろうとなまえは考えた。
呼びかけられたザンザスは彼女の瞳を覗き込む。いつもよりも瞳の底が透き通ったように見えるのは紛れもなく涙のせいだ。じっと見つめて、何かをねだっている。ザンザスは手を握ったまま、彼女を引き寄せて瞼の上に優しく口づけを落とした。

そして、それが彼女の涙腺を完全に崩壊させたとは予想も出来なかった。なまえはわあ、と泣き出してしまい、部屋の中で暫く立ち尽くしたままになってしまったのだ。

「クリーニングに出せ」

「あら?」

後日、ルッスーリアに渡されたジャケットの胸元にシルバーグリッターが輝いていたのは言うまでも無い話である。勿論、グリッターは綺麗に落とされザンザスのクローゼットの中に大切に戻された。














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