金平糖の生る丘に
料理好きな女だ、とザンザスは思う。
今まで関わりの持った女の中で料理好きな女もいればそうでない女もいた。その女が下手だろうが上手かろうが特に彼は気にしてこなかったのだが、どうにもなまえの料理を思い浮かべる自分がいる事に驚きが隠せない。
腹が減っているからだ、と言われればそうだ、と自信を持って頷ける。じゃあなまえ以外が作ったものでもいいのか、それこそお抱えのシェフが作ったものだったり、彼の珍しくお気に召しているレストランの食事だったり。それにはどうにも首をかしげたくなった。所謂、彼女の手料理が食べたいと言う状態なのだろう。そうか、と今まで知り得なかった気持ちにそわそわしながらもザンザスは久しぶりに愛車を車庫に綺麗に止めた。
スクアーロの車が変に擦られていたようだが、これは彼のせいではなくベルのせいである。
かといってスクアーロにザンザスが知らせる事もなく、何かを期待するようにキッチンへと足を伸ばした。
そして、彼の期待通りになまえはキッチンで懸命に鍋の中をかき混ぜている。カウンターが高いのか、鍋の底が深いのか爪先立ちになっていた。
「なまえ」
「わ、お帰りなさい!早かったのね。あと30分待って」
後ろから声を掛けられたのに驚きながらも意識は鍋の中にあるらしい。彼の方を見るのもそこそこにまた鍋底を見つめては、へらでかき混ぜ始めた。鍋の周りを見ればすでに出来上がった料理もいくつかあり、オーブンの中にはガトーディパターテがこんがり、と焼かれているようだ。彼女のつくるそれには、沢山のマッシュポテトは勿論、中には生ハムやチーズがたっぷりと入っている。じゃがいものケーキと揶揄される事も多いが、彼女のマンマの味だという。でも、30分、待つには少し誘惑が強すぎるかもしれない。
「あ、だめ!」
「あぁ?」
なまえの焦った声がザンザスの行動を制止した。どうにも彼の好物である肉団子、ポルペッテをつまみ食いしようとしたらしい。伸びた手がさらに伸びる前になまえはポルペッテの乗った皿を遠くへと押しやった。
「手洗ってないでしょ」
「るせぇ」
「だめよ、手を洗ってからにして」
鍋に夢中だったくせに今や意識は彼を手洗いにいかせる事に夢中になっている。基本的に彼女はザンザスの行動にあまり目くじらを立てない。確かに今までもつまみ食いはするなと注意を受ける事もあったが、ここまで強く言われるのは珍しいものであった。
「キッチンで洗ってもいいから!」
ザンザスは舌打ちをしてから、料理に使われたであろう器具が寄せられたシンクの蛇口を捻った。なまえはそれで良いの、と言わんばかりに頷きながら鍋の火を止めた。
彼が手を洗い終えるのを見張ろうとしたが、どうにも彼は彼女が想像する以上に丁寧に手を洗っている。大雑把だと思っていた彼女には驚きが隠せない。素直ね、と言えば怒られるだろう。素直に従う彼も可愛いと思えたが、これも言えないだろう。
「ザンザス、あーんして」
赤いギンガムチェックの布巾に彼が手をかけた時だった。なまえの方へ顔を向ければフォークに半分に切られたポルペッテがのっかっている。眉間に皺を刻んで訝し気になまえを一瞥するも、これまた素直に彼は口を開けた。
「美味しい?」
「お前が最初からこうすれば良かっただろ」
ごくり、と飲み込んでからの一言にどうしてかどきっとしてしまったのは何故だろうか。
多分彼の言葉にどきり、としたよりも、素直にこちらのいう事を聞いてくれたのに何だかどきどきしてしまったのかもしれない。
彼を甘えさせるのはなまえにしかできないのだから。