あの娘の睫毛は砂糖漬け



飲み過ぎちゃった、といってなまえは力の抜けきった笑顔をディーノに見せた。
水の中に赤色の絵具がついた筆をわずかに差し込んだように、なまえの頬はぽんやりと赤い。幸福が詰まっていそうな笑顔である。

「何飲んだんだ?」

「パパダブル、ダイキリ?」

「覚えられないくらい飲んだのか?」

手をはなせば踊り出してしまいそうななまえはディーノと腕を組みながら自室に向かっている。心配げな使用人に水を、と頼んだのを彼女は気付いていない。

「ふふふ、久しぶりに会う友達だったからそうかも!」

「南米に留学してるんだっけか?」

「そう、そうなの。ドミニカ」

上機嫌に久しぶりの再会をした友人との話をディーノにし始めた。その子とはどうであって、どうやって仲良くなって、どういう思い出があって、と。聞き覚えのある話があったが、なまえがそうだったっけ?と酒の熱のせいで潤んだ瞳をディーノに向けるばかりである。それでも酔っ払いながら話すなまえから聞く昔話は楽しかいものであった。まるで、彼女のとっておきの宝箱を見せてもらっているような気分になれるからだ。


「まだお風呂いかないのか?」

「靴のストラップが取れないの」

さっきまでご機嫌だったのが突然、今度は子供のようにぐずりだした。吐きそうなのかと思い心配してみれば靴のストラップがどうにも取れないらしい。金具が自体が硬すぎるのか、作りが粗悪なのか。

「ディーノ、王子様みたい」

「なまえは俺のお姫様だからな」

そう言って彼は彼女の目の前に片膝をついて靴を脱がし始めたのである。酔っぱらっているせいで力がうまく入らないのだろう、ディーノの手にかかればストラップはあっという間に取れて、ストッキング越しに蘭の花の端っこを乗せた可愛らしい爪先が顔を出した。

「ふふ、ありがとう」

「どう致しまして」

靴を綺麗に揃えて端に寄せてくれたディーノの姿をたまらなく愛おしいと感じた。酔っていてもどこか冷静な自分がさすがにさっきのぐずりは子供すぎるだろう、と反省した半面で優しく接してくれるディーノが愛おしくてたまらなくなったのだ。
椅子に座ったままの彼女はお礼のつもりに、ディーノの両頬に手をそっと添えて、触れるだけの口づけを落とした。塗りたてであろうメンソレータムの唇の上になまえのカメリア色のグロスが着いてしまったが、ディーノにとっては気にならない事である。

「嬉しいな」

なまえの手に自身の手を重ねてディーノはこの上ない幸せだ、と言わんばかりに微笑んでから、今度は彼から彼女に口づけをした。窓の外に見える満月にとっては聞き慣れた音だ、可愛らしくもどこか愛のまどろみを感じる小鳥がさえずるような口づけなど。

「お風呂入ったら溺れちゃうかも」

ディーノが自身の下唇を噛んだ。きっと悪戯に微笑んだ自分を隠したいのだろう。なまえはわざとらしく何も言わずに彼の言葉を待ち、じっと見つめる。

「ワンピースも自分で脱げないかも、どうしよう」

「・・・甘えん坊だな」

まどろみだした空気はコットンキャンディーよりもふかふかで、その上を転がるなまえは砂糖漬けのプラムよりも甘い存在だ。齧ればどんなに甘くて、どんなに魅力的な味なのだろうか。なまえのワンピースが大理石の浴室に落ちる頃、ペールピンクのコットンキャンディーは溶けだして体の中に隠した小さなゴールドグリッターの姿を見せるだろう。












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