ザンザスがどこかに泊まっていて、きっと何かしら仕事はしている気がしていた。
所謂普通のビジネスマンと同じように朝に出て夕方には戻る日もあれば、夜中でたっきり暫く戻らない仕事もあった。その暫くは時と場合によって変わるのだが大体長くとも2週間程である。その間は勿論きらとザンザスは顔を合わせれない。だからと言って連絡を寄こすような男ではない。来てもほんの1通や2通で、時には全くないこともある。だから、こうしてただきらが画面をのぞき込んでは青色の光を摂取しているのはただの無駄と言っても良い。
日頃から連絡してこない男がころり、と連絡してくる筈がないのだ。

「どうしよう」

「何がだぁ」

「ザンザスさん帰ってきたら、どういう顔しよう」

「適当にベッドになだれ込めば良いだろ」

「まっ!!スクアーロったら!やめて頂戴!!」

「う゛ぉぉい!オレンジを投げるなぁ!!!」

そう言いつつもルッスーリアも目の前で投げられたオレンジを上手い事キャッチした彼の言葉には同意したい気持ちもあった。男女の仲、時に恋愛感情のある者同士は恋愛感情のないの者同士の喧嘩よりもうまく流せる場合があるのだ。当然それはスクアーロの言った通り、ベッドになだれ込んで体を重ねる意味である。混沌とした感情のままでも甘く湿った口づけで作られる雰囲気には抗えない。2人の間に光るのはグリーンライトでもレッドライトでもない、ネオンピンクに輝くハートだ。ハートが光るままに行為を行えば混沌とした感情もうやむやにできるし、仲直りだって出来るかもしれない。

「それでうまくいくの?」

「さあ?人によるだろぉ」

スクアーロの言う通り、ベッドになだれ込んでなし崩しに出来る喧嘩もあるだろう。でも、まだなだれ込んだ経験のないきらにとっては未知の世界だし、例え関係を持ったとしてもそんな喧嘩の終え方は嫌だなあ、と彼女は考えた。

「周りがとやかく言っても最後どうするかは当人次第だからな。
俺はお前と2人っきりのボスさんを知らねぇ」

ふざけていたかと思いきや鋭い言葉をなげくる彼をきらはじっと見つめる。
歯に衣を着せぬ、どんな立場だろうと彼は心を偽らないのだろうな、と思わずにいられなかった。確かに、彼女だけに見せる表情はザンザスにはある。彼女しか知らない、スクアーロやルッスーリアが見れば驚いてしまう様な表情だってあるのだ。
例えば、自身の書斎にやってきた彼女を側まで手招く時の柔らかな瞳。そうして側に歩みに寄ったきらの手を取り膝に抱え込む嬉しそうな表情や、他愛もない話を聞いている彼の様子だって、全部きらしか知らないし、ザンザスと2人だけの思い出だ。


「スクアーロの言う通りだと思う。
・・・怖いけど、どうにかなる気はする」

「それでこそだぁ。雪の中駆け抜けただろ」

にやりと笑うスクアーロに、笑い返すきらの肩に腕を回し抱き寄せたのはルッスーリアである。イタリアにやってくる前の何かを堪えてきた彼女を知っているからこそ言える言葉であり、励ましの抱擁であった。今なら何でも出来る気がする、どんな状況も明るく変えてみせる、と強い気持ちになれたのも束の間。日が暮れて夜が深くなるにつれてきらはまた不安になってしまった。
誰かに話を聞いてもらっている時、話し終わった後はどうしてあんなにも勇敢な気持ちになれるのだろうか。

どうにかなる気はする、でもどうにもならなかったら?と目の前に実在しないザンザスを、様々なザンザスを想像してはきらは自らを不安にさせていった。眠れずに誰もいないであろうキッチンへ向かう。だが暖色の薄明かりから先客がいる事を知る。
レヴィが遅くに任務から戻ると言っていたので彼かもしれない。疲れて居なければ少し話でもしようか、とキッチンに足を踏み入れた。

「えっ」

ぎらり、と強く光る瞳はレヴィのものではない。夜闇に緊張を張り巡らせる獅子を思わせるような、力強い瞳が向けられている。言わずもがな、彼女の婚約者であるザンザスが帰宅していたのだ。

「・・・起きてたのか」

日頃立ち入らない筈の彼がキッチンにいる事にも驚いたし、何よりも帰ってきていた事にも驚いた。出ていった時と同じスーツだがシャツはどうやら違う。手にはしっかりと車のキーが握られており、戻ってきたばかりだとわかる。誰とも会う筈がないと思っていたザンザスはどこかばつが悪そうだ。

「お水、飲もうと思って」

「そうか」

「ザンザスさんは?」

「腹が減った」

きらの顔を見ずにザンザスは大きな冷蔵庫を開けて言う。最も、業務用の冷蔵庫が地下にもあるのだが何かつまむにはここで十分らしい。そして、きらにとっては幸か不幸か。使いたいカップが手を伸ばしても届かない戸棚に置かれてしまっていた。手が届かないこともないのだが、きらには今一つ遠くて背伸びをしても手が届かないのだ。
広々としたアイランド型のキッチンはルッスーリアのお気に入りで、シェフを呼ばずにホームパーティーさながらの手料理を振舞ってはここに椅子を持ってきて腰かけて食べるのがきらは大好きだった。でも、今一番助けてほしい太陽の様な彼は就寝中だ。

「あ、ありがとう」

チーズ片手にさっさと部屋に引っ込もうと思っていたザンザスだったが、どうにもきらの手助けをせずにはいられなかった。何も置かれていない、埃一つない深緑色の大理石のワークトップの上にカップが置かれる。2人の間に流れている沈黙は決して軽くない。彼女の礼の言葉に何も反応もせず、ザンザスは黙ってカップを置いたまま、手を離さずにいる。

「・・・あんまり、寝てないんですか?」

「仕事だ」

薄明かりが彼に深い影を落とし、端正な顔立ちの陰影を際立たせている。
目の大きな人は隈も大きくなりやすいとは言うが、きらにはそういう隈ではないように感じられていた。寝ずに行う任務だったのかもしれない。


「じゃあ、今日からはもう眠れる?」

ザンザスの瞳がゆっくりときらに向けられ、重い青色の沈黙が動き始めた。

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