ザンザスの手が上へと登ってきた。
脇腹の上にあった筈の指が今やきらの柔らかな皮膚の下にある、彼によれば簡単に折れるであろう肋骨部分に指をそっと這わせている。
月は相変わらずつやつやと真珠色に輝き、2人の瞳の底を照らし出そうとしたままだ。
けれどもそんなの必要がないくらいにザンザスの瞳は爛々と輝きだしている。
「ベルに何を言われた」
きらは小さく声を漏らす。ザンザスが彼女の胸の下あたりに置いた指に力を込めたからだ。嫉妬しているのだろうか、それともわざとこういう事をしているのだろうか。爛々と輝く彼の瞳に対してきらの瞳は真珠のように濡れている。
「・・・言えません・・・」
「そうか、俺には言えない話なのか」
意地悪だ、ときらは思うも彼に言い返す事が出来ない。別に悪事を隠している訳ではないのに、どうにも彼に悪事を働いているような気持ちになってしまうのだ。彼の膝の上で大人しくしている彼女はますます小さくなり、眉尻はすっかり下がってしまった。
「・・・そんなことない」
「じゃあなんだ」
「ベルが・・・」
「ああ」
ザンザスはきらの様子を伺うように頷く。彼は彼女が話し終わるまで途中で相槌をあまり打たない。ただじっときらが話し終えるのを待つのだ。最初の頃はどきどきしたものの、最近は慣れてきた。それでもこんな風に何かが起きてしまいそうな夜空の下見つめられると彼女はどきどきせずにいられなかった。そんなに酒も飲んでいないのに何だか頬が熱いし、鼓動も早い。
「私が思ってるよりも、ザンザスさんが私をすきだって・・・」
しばしの沈黙を経てやっと出てきた言葉だった。ザンザスはその言葉に興味深い、と言わんばかりに片眉を上げてみせる。
「相変わらず口数の減らないガキだな」
「昔から?」
「ああ、昔からだ」
ベルの言った言葉を伝えて、特にこれ以上追及されなさそうな事にきらは安心した。ザンザスははっきりと彼女に言葉で愛情表現をしないし、きらも殆ど言葉で伝えたことがない。だからこうして好きと口にするのは恥ずかしいのだ。妙に火照った頬を冷まそうときらはザンザスに体重を預けて両手で頬を仰ぐ。水でも欲しいところだが、彼にしっかりと胸の下を掴まれているので動けない。
「きら」
「んぅ!」
真珠色の月明かりのせいだろう。きらの唇がやけに美味しそうに見えたのは。
ザンザスは盗むような口づけを彼女にしたのだ。盗むにしてはあまりも艶やかだが、何度も何度も角度を変えては彼女の唇を味わった。デザートに食べた蜂蜜の味など唇には残っていない。それでもザンザスは中々姿を現さない甘い果実の実を探しているかのように、きらの唇をずっと食んでいる。逃げようとするきらだが、ザンザスの指に再び力が篭り姿勢を正されてしまった。
「ふあっ、あっ」
きらの耳裏の方に手が置かれる。火照りを冷やす間もなく始まった口づけにきらはついていけない。それでもどうにかついて行こうとしてしまうのは、ザンザスとする口づけが大好きだからだ。あんなにも彼の情炎の炎をしっかりと捉えているのを恐れているくせに、情炎の炎に焦がされるのが恐ろしいと思っているくせに、こうして彼の唇から炎が移されるとたちまちきらは何も考えられなくなってしまう。
横向きにザンザスの膝の上に座って居たきらを彼は自分と向き合うように座りなおさせた。そのせいで少しの間だけ唇が離れたが、それすらも惜しいように口づけをしていなかった時間を取り戻すように性急に互いに唇を合わせた。彼女の腰の曲線を溶かしてしまう程に熱い手が滑り、後ろでしっかりと結んであったリボンを解かれてしまう。
口づけに夢中になっているのを良い事にザンザスはそのまま、きらの服の中に手を滑り込ませた。
「っザンザスさん!」
はっとしたきらが驚き唇を離す。ザンザスはなんの悪びれもなく、服の中で彼女の肌の感触を楽しんだままだ。
「嫌か?」
何について尋ねているかだなんて言わなくともわかる。
それ以外何があると言う?肌を合わせる事だ。やはりずっと無視をするのは出来ない。近いうちに、もしかしたらこの旅行の内に向き合わなくていけないのかもしれない、とイタリアを出る前にきらが思った通りだった。
「・・・わかんない・・・」
きらはザンザスの胸元に顔を預ける。自分は無垢である、誰にも自分の体を情炎で焦がされない、とのらりくらり延ばしていくのは難しい。彼が自分の為に我慢しているのはわかっているし、我慢させているのも申し訳ない気持ちにもなったりする。きっと彼には辛いものがあるだろう、ときらはぐるぐると思考を巡らせる。彼と肌を合わせるのはまだ怖いのが正直なところだ。もし、もし、何かの拍子でまた恐ろしい彼が行為中に出たら?と彼女は脳内に怪しい雲を作る。
けれども多分、それは自分が無理やりに作っている怪しい雨雲な気もしていた。
黙ったきらの背中を摩るザンザスの手は優しい。解いたリボンを結びなおしたりはしていないが、彼女の素肌に触れずに布の上から撫でてくれているのだ。自分が彼と積み重ねてきたものはそんなにも張りぼてで中身がないのだろうか、いいやそんな事はないだろう。ベルの言う通り、ザンザスは自分が思っている以上に自分を好いてくれている、ときらは思った。
「・・・怖いのと痛いのはいや」
「最初は痛いだろ」
「えっ?」
「処女じゃないのか?」
それならそれで、とザンザスの手が腰より下へと下がりそうになりきらは彼の手を掴んだ。
「したこと・・・ない・・・です」
「そうだろうな」
2人にしかわからない言葉の交わし方だっただろう。
同意を得たザンザスはゆっくりときらにまた口づけをして、彼女のよりも大きな舌を唇の奥へと滑らせた。