「あんな女のどこがいい」

ボンゴレ邸を出る前のきらの言葉にザンザスは苛立っている。
意図を得ぬ曖昧な返しにも聞こえ、思わず怒気を込めて言い放ってしまった。場所は変わってヴァリアー邸に戻ってきた2人だが、ザンザスの心の中では行き場のない小さく不愉快な火が燃え始めたばかりである。ただでさえ、ボンゴレ邸に行くのが嫌だった彼にとっては実にタイミングの悪い出来事で、まさかテラスで自身と同業の人間にきらがアプローチをかけられてるとは思いもしなかった。

今にもきらの手を握りかねない、否、もっとだ。蛇がゆっくりと、彼女の肌を舐めとろうとしていたように何故かザンザスには見えていた。ルッスーリアかスクアーロあたりから過剰に考えすぎだと言われるだろうか。もしくはもっとほか他の言葉を言われるだろうか。そんなの認めたくない、とザンザスは余計にむしゃくしゃし乱暴にネクタイを外した。

「綺麗な人だったでしょ?」

いけ好かない、と言わんばかりにザンザスは顔を僅かにしかめる。自身の後ろをついてきたきらはザンザスの真似をしてわざとらしく、顔を小さくしかめてみせた。
事実、彼女はあまりナバイアの事を嫌だとは思っていない。彼女の内側から溢れる自信が彼女の瞳そのものを輝かせていて、本当に美しいというのはこういう事を言うのだと、感動したぐらいだった。かといって、アプローチに驚かなかったと言えば嘘になる。

ザンザスはきらの質問に答えずに、今度はジャケットを乱暴に脱いでソファーにかけた。ああ、怒っている。不満なのだ。自分の愛する女に手をかけられそうになった事が。
アメリカにいるナバイアがザンザスの婚姻を結んでいる事を知らないのは無理もないし、アプローチをかけられたきらに無防備だと責めるつもりもザンザスはなかった。
彼女がわざわざ誘いを促すような態度を取る女だとは思えない。かくして、ザンザスは行き場のない不愉快な火をこさえ続けているのだ。

「・・・もし、私がナバイアさんにキスされてたら?」

「ただじゃおかねぇ」

「どっちが?」

「どっちもだ」

不穏な質問である。
相変わらず扉の前に立ったまま、どこか楽しそうに笑うきらは笑っていた。
ザンザスは火が大きくならないように、抑えながらもいつもより荒々しく彼女の腰に腕を回して抱き寄せる。たった腕を回されただけなのに、きらは身動きを満足に取れない。

「また会っても何もないと思いますよ」

「どうだろうな」

腰に回されている腕にきらの手が置かれる。不機嫌なザンザスを見る彼女の瞳は楽しそうだ。きらきらと水面に揺れる太陽の光のように輝いている。確かに、彼女の言う通りナバイアとも何もないだろう。それでもザンザスはなんだか許しがたいのだ。自分の愛する婚約者の肌に熱を持った眼差しを滑らせたことが許せない。たかが視線だ、誇るべきだと思うかもしれない。それでもザンザスは嫌だった。きらの表面をなぞるように、白桃を赤に染め上げていくように見つめて良いのは自分だけだと。ナバイアはどうもザンザスの独占欲を刺激してしまったらしい。だって、いっそのこと服でも剥いでわからせようか、とザンザスは思っているくらいなのだから。

「でも」

「なんだ」

「ザンザスさんみたいにナバイアさんは待ってくれなさそう」

「・・・おちょくってんのか」

彼の心の底で燃えていた不愉快な火が音を立てた。入れてはいけないもの入れて乾いた音を立てて、その火が瞳に移ってしまったらしい。きらはふざけすぎたかもしれない、とひやりとしたが時すでに遅し、ザンザスの瞳はすっかり獲物を捕らえる獣と同じだ。

「ザンザスさ、あっ!」

がぶり!とザンザスがきらの耳輪に噛みついた。歯並びの良い、彼女の柔肌など簡単に噛みちぎれるくらいには立派な歯をしている。手でも十分へし折れるだろう首に歯を立ててみようか、それともこのまま耳を噛もうかとザンザスは考えた。耳を噛まれたままのきらはどきどきと、彼の次の一手を待っている。きっと怖いことはしてこないだろうが彼女の背中はすっかり緊張で強張ってしまった。

「んっ、ザンザスさん、ふふっ」

その強張った背中に大きな手を這わせて彼女を抱き寄せながらザンザスは唇をゆっくり下へと、口づけを落としながら動かしていく。背中の強張りを溶かすように、乱暴をするつもりはない事を彼なりに表現しているつもりだ。ちゅっ、と珍しく音を立てながらザンザスはかわいい耳たぶの下から首筋まで何度も何度も繰り返してはきらを笑わせた。

「ふふふ、くすぐったい」

じゃれあいたい大きなライオンが一生懸命顔を近づけているみたいで、ザンザスの髪の毛がきらの肌に当たる。くすぐったさから避けようとするも、当然彼は許さない。腕の中から逃げようとした彼女を再び捕まえて、肩口に顔を埋めながら抱きしめる。背中に回された腕はやはり力強く、きらがどんなに力を入れても敵わない。

「もう、ザンザスさん」

「なんだ」

ザンザスはまさか、立派な大人な筈なのに、拗ねた少年のような表情をしていただなんて思いもしなかった。きらがそれに驚き黙ってしまったこともわからない。彼女しか知ることのない気の張り詰めた男の甘い甘い顔である。

「・・・からかってごめんなさい」

肩口に顔を埋めていたせいか整っていた彼の前髪が乱れている。きらはその前髪を撫で付けるように整えるも、眉を八の字に下げた。少しザンザスに意地悪をしてみたかったのだがこんな顔をされては出来ない。彼の気分を害するつもりなどなかった。そしてザンザスも、目の前でしょんぼりとした婚約者を見てむしゃくしゃしている自分自身に呆れてしまった。どうにも、彼は自分の想像以上に彼女に惚れ込んでいるらしい。

「あまり惑わせるな」

ザンザスは自分で自分を落ち着かせるようにきらの血色の良い頬に口づけをする。
彼女のこの柔らかな肌も、深く暗い宇宙の奥を覗き込むような瞳も、まだ無垢な唇も、全て全て自分のものに出来れば良いのに、と思った気持ちを抑え込みながら。

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