ルッスーリアの言葉をきらは脳内で反芻した。
言われた通りに何かをするのは得意だった。例えそれが自分にとって最善でなくとも、相手の言葉に従ってしまう癖がきらにはあった。

『あなたを物珍しいからと、からかおうと口説いてくる愚か者がいるかもしれないわ。でもこの世界は元々いた場所よりも難しいの。残念ながらね。不愉快だと思ったらすぐ私達を呼んでちょうだい。それと、甘くて良いのは口に入れる物だけよ』

例えば今飲んでいるアペロールスピリッツとか?ときらは考えながら飲む。

『薔薇の花ってボスの事なめすぎじゃね?』

ベルの言葉がルッスーリアと入れ替わり、きらは斜め向かいに座っているザンザスにひっそりと視線を投げる。騒動を知ったベルに言われて彼女は初めて自分のした事が間接的にザンザスへの挑発に繋がっていたと理解し、少し申し訳ないと思うも、彼が自分にした事は許せなかった。

そんな彼と顔を合わせるだけでなく、同じテーブルで食事を取るのは実に3週間ぶりである。というのも、今日は今日はボンゴレの息がかかっているレストランに食事に来ているのだ。開店して何年だかの記念日らしいがきらもザンザスもそんなの覚えていなかった。9代目からの招待状がなければ来なかった筈の場所である。それでも、元々貴族が所有していた絵画を置くためだけの屋敷を買収しただけあって、美術館の中で食事をしている気分にきらはなった。

「おいしかったわねぇ」

「リゾット、美味しかったー」

他の招待客の様に談笑をしながら食事を進める事は出来なかったが、ルッスーリアはきらに変な虫が寄らなくて良かったと思ったし、何より自身のボスの機嫌が損なわれなかった事に安心した。

「何だこれはぁ」

そう、このレストランである屋敷の玄関扉を抜けるまでは。
平穏の終焉を告げる様に、よそ見していたきらは突然立ち止まったスクアーロにぶつかってしまう。頬にあたる風は冷たい。

「ちょっと話がしたくて」

「話がしたい割には乱暴そうねぇ」

ポーチへとつながる階段下にはスクアーロやザンザスと同じくらいの男達が数人立っている。話したがしたい、というのに何故左胸の方へ手を入れているのだろうか。
腹の中に入れた食べ物は今にも固まってしまいそうだ。

「お前らがそうさせてるんだ!!」

左胸、左胸ポケットから出てきたのは銃だった。ザンザスの初対面の日を邪魔してきたファミリーが報復しに来たのである。デザートのお供に飲んでいたティーカップが銃撃で割られ、きらは自分の手元に破片とお茶が散らばった事を思い出した。ああ、また、同じ音だ。鳥たちが銃声に怯え逃げ始める。飛べたらどんなに良かった事か。


「きらを殺すなよ!!!」

敵に囲まれてしまったスクアーロが言い放った言葉はルッスーリアに向けたものではない。彼もスクアーロと同じくどこからか隠れていた敵を追っ払うので忙しいのだ。
誰よりも気怠そうに歩いていたザンザスへ向けての言葉である。

「ボス!お願いよ!まーしつこい男ね!!」

きらの耳に骨のずれる音と痛みに苦しむ声が届く。
聞きなれない音に顔を歪ませたが刹那、彼女はザンザスに手を引かれ思わず悲鳴を上げた。

「黙ってついて来い」

来たくもない場所に食事をしに来て更にこの襲撃か、とザンザスは苛立っているのだ。
しかも好きでもない女の世話もしなくてはならない。力を強く込めたつもりはないが、自然と彼女の腕を握る手に力が入ってしまう。車のいる場所まで駆け抜けて、きらを車に押し込めば良い、その間にきっと全てが片付く思っていた。取るに足らない敵だと。それ以上にこの婚約者を落ち着かせる方がザンザスは厄介だと考えているのだ。
手を引いている彼女が今にも逃げ出したそうに、彼の手を振り払おうとしているからだった。


「走るから、離して」

少し走った後、この屋敷を買う際に値段が上がった一つの理由である湖の側にたどり着く。湖を眺めながら未だに食事を楽しんでいる客はこの騒動に気付いていない。
きらはどうにか溢れ返りそうな感情を抑えるのに必死だ。
ザンザスに触れられているのが怖いのである。握られた場所からあの日の恐怖がせり上がってくるのだ。彼女本人もわかっている、こんな風になっている場合ではないと。振り向けば銃を突きつけられているのかもしれない、振り向かずとも打たれてしまうのかもしれないのに。

「女はどいてろ!!」

「っカスが!!」

こんなにも思い通りにいかないのは久しぶりだった。

そして、あの日の恐怖を追い返せず、ただただ目の前の出来事に翻弄されるばかりのきらはまた、悲鳴をあげた。

だが彼女の悲鳴は水の中へと飲み込まれてしまった。

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