青年からは花も手紙も来なくなってしまった。
見知らぬ土地で自分を思ってくれる人がいることは心強かったので、がっかりしてないといえば嘘になってしまうかもしれない。それでもきらは揉め事を呼び込んでしまうのら無くても良いか、と思い始めたのも事実である。

キャンディーを舐めながら、ボンゴレ本邸の長い廊下を歩く。
きらは9代目とのお茶という名目の面談を終えたばかりで、『悪いおばけに捕まらない様に帰るんだよ』と、キャンディーを貰ったのだ。生活に支障はないか、悩みは、体調は、と気にかけてもらったが彼女はザンザスの事を言えなかった。言える筈がない。あんな乱暴なことを。

口の中で飴を転がして、苛立ちを抑えるように
時折歯を立てる。

この廊下を抜ければ裏口に着くのに、きらは思わず立ち止まった。扉が大きく開け放たれた部屋だ。恐る恐る中を覗くが誰もいない。空気の入れ替えだろうか。部屋の中の窓も大きく開け放たれている。
不思議の国に迷い込んだ少女よろしく、きらは何故かその部屋にはいってしまった。

家具はいずれも古く、時代を感じさせる。
本棚は壁に埋め込まれているようで、所せましと本が並んでいる。本棚の上に絵画こそないが、きらには花瓶の様なものが置いてあるように見えた。
勉強机になるのだろうか。本棚の向いに置いていてあるそれは古く、持ち主がきっと何人かいたようだ。間違いなくこの異国からやってきた婚約者よりも、そして9代目よりも年上であろう。
そんな往年の机の脚元にある絨毯はベッドの近くまで、体を伸ばしている。

時代を感じさせながらも、丁寧に手入れのされた部屋だ。なのに、どこか、きらには寂し気な部屋に見えてならない。枯れてしまった花がずっと置かれている様な、そんな部屋に感じてしまうのだ。


「おせぇから何かあったのかと思ったぜぇ」

時間になっても戻ってこないきらを心配してやってきたのは、スクアーロであった。
驚いた顔をして彼を見つめているのだが、彼にはよく見えない。机の側にある窓の方に立たれてしまって、逆光が邪魔しているのだ。

「ごめんなさい、ここに」

「ザンザスの部屋に寄り道するとはなぁ」

「え?」

寄り道しちゃったの、という言葉はスクアーロの言葉と被ってしまった。

「知らないで入ったのか」

「あ、開いてたからなんか、つい」

スクアーロは特に気にする事もなく、本棚にあった本を適当に取っては捲っている。

「・・・大きな部屋だね」

「あいつは御曹司だからなぁ」

「そっか、そうだよね」

ザンザスが歩いたであろう場所を辿るようにきらは視線を巡らせて、言葉の続かなさを誤魔化した。並んである本を眺めてみるも小説なのか、実用書なのか、学術書なのかわからない。ただ、いくつかの本の背表紙が恐ろしくぼろぼろで随分と使い込まれていた事は彼女にもわかった。

「ザンザスさんってどんな子供時代過ごしたんだろうね」

婚約の話が決まった時に、彼が日本語以外にもいくつかの言語を扱えると彼女は聞いていた。ならば、この部屋で何か勉学に励んだのかもしれない。だから本がぼろぼろなのかもしれない。この部屋で、友達と何か語り合ったのかもしれない。この窓から、雨雲の心配をしたり何か願い事をしたのかもしれない。


「・・・ボスさんは殆ど自分の話をしないからな」

きらの想像はそこで止まった。彼の過去をわからないのではない。過去を知らなければ彼の好きな映画も、音楽も、食べ物もきらはまだ何も知らないのだ。わかる訳がない。

「私、婚約者なのに何も知らない。スクアーロ達よりももっと、何も知らない」

一体どうしてこの部屋がどこか寂し気に感じてしまうのか、それが彼女自身の思い込みかどうかも検討のつかない状態である。

「きっと彼も私の事知らないのに、あんなに揉めちゃったの」

「難しい世界に来ちまったなぁ、お嫁様」

あの日、ザンザスのせいで気絶してしまったのにどうしてそんな言葉を言えるのかスクアーロは疑問だった。彼女の言葉からは皮肉さなどどこにも感じられず、ただ残念がる様な言葉に聞こえたのだ。勿論、きらも何故こんなに冷静にこう言えたのかはわからない。

何故だか悲しくて、何故だかやるせない気持ちになったのだ。
ゆっくりと瞬きをするきらの瞳はとっくに濡れた真珠の様に潤っている。

「あんまり思い詰めるな。頑張ってる自分を認めてやれ」

「そうみえる?」

「ああ、よくやってると思うぞ」

励ましの気持ちを込めてスクアーロは彼女の背中を摩った。
きらは恥ずかしそうに眉をひそめて笑い、部屋から出ていくスクアーロに着いていく。
窓から入ってくる風には魔女の気配も、他の悪戯なお化けの気配もしない。穏やかな風が部屋を満たしていくばかりだ。

けれどもやっぱり、きらには寂し気な、涙が乾いたばかりの様に感じてしまった。



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