実際は思惑の半分も遂行されていないのだが、ザンザスの思惑通りきらは彼を避ける様になった。一緒にどこかに出かける必要がある時はわざわざ車を2台も走らせ、ザンザスが居る場合は食事をわざと遅く取るようにときらは彼から身を守るべく距離を取っていたのだ。

きらの選んだ行動は至極当然の行動だった。ザンザスも彼女にその行動を望んでいたにも関わらず、思惑の半分しか遂行されなかったせいか彼は異様に不機嫌である。
暗殺を生業にする男の纏う空気だ。常人と異なるのは依頼者もわかっていたが、彼の側に長年使えている鈍感だと言われてしまうスクアーロでさえ、何かがおかしいと考えていた。


「それでは、皆様明後日の朝またお会いしましょう」

スクアーロは自分よりも先に立ちあがったザンザスの後を急ぎついていく。
上品な老婦人、夜の匂いを纏うにはまだ早い美女や巨大な金銭に喜びを隠せない中年の男、ザンザスとスクアーロ、彼らの周囲にいるのは明後日に行われる宝石のオークションに参加しに来たのだ。
その中のある男を暗殺するのが今回の任務である。
夕食会が行われた今日、観光地を巡る為日である明日、そしてオークションが開催される明後日。なるべく穏便に願いたい、という依頼主からの依頼によりザンザスはスクアーロと赴くことにした。別に1人でも問題はなかったが、スクアーロからの熱烈な任務参加への立候補があり2人で赴くことになった。

『ボス、きらちゃんに酷い事しちゃったのよ。暫くは駄目ね』

夕食会を終えれば別に観光に参加しなくても良い、楽な旅程である。
スクアーロはルッスーリアの言葉とザンザスの不機嫌さを結び付けていた。きらの事をザンザス本人に告げても事態は好転しないだろう。それでもスクアーロは一言言いたいのだ。階段を降り、エレベーターホールに入った時だった。自身の上司が眩しいくらいの曲線を持った女とエレベーターの中に入っていってしまった。ただの愚かな女なのか、同業者なのか、いいや前者だろうとスクアーロは考えた。そして、考えている間にエレベーターの扉は閉まり、残された剣士はどうせなら燃やしてくれ、と願い始めたのである。


「どこから来たの?」

甘えた声が薄暗い照明の中へ消えていった。
ザンザスは答えずに唇を塞ぎながら、よくくびれた女の腰回りに手を置いてベッドへ押し倒した。そのまま手を腰の下の方まで滑らせて足を開くように促す。嬉しそうな声を女はあげて、ザンザスの首に腕を回してもっと、と強請ってみせた。
女は満足かもしれない。しかしザンザスは上手く気持ちが乗らない。女の熱っぽい視線は会食の最中から感じていた。一晩だけ楽しむのも別にわるくないだろう、と寧ろ満更でもなかった。なのにどうしてこうも上手くいかないのだろうか。


「ふふ、ファスナーじゃなくてリボンよ」

言われなくてもわかっている。

ザンザスはそう思いながら女の首の後ろにあるリボンを取ろうと手にかけた。
どこかで最近した似た行動をしたな、とザンザスは自身の婚約者を思い出してしまった。
自分が無理やりに引き裂いたせいでブラウスのボタンは散り、リボンは崩れ、きらは恐怖に怯え縮こまっていた。元より燐光を携えた様な瞳をしていたが、その瞳はザンザスのせいで今にも消え行きそうであった。


『そんなの、そんなの、言われる筋合いないです・・・』

素性もよくわからない男から花を貰っておいてよく言えたものだ、とザンザスは苛立つ。
ここにはいない婚約者を脳内から払うべく女のリボンを勢いよく解いた。しかし、記憶の再生を止める事が出来ない。きらの悲鳴が脳内に響いている。
下がりきった眉尻に刻まれた眉間のしわ、迫り上がる恐怖に目のふちは赤く染まり短い呼吸にも関わらず胸はゆっくりと重く上下していた。
今にも破裂してしまいそうな、何かを抱えていた顔だった。事実、ザンザスがきらの足に手を這わせた後に破裂した様に彼女は甲高い悲鳴を上げ、気絶してしまったのだ。
破裂したも同然であった。

では、もしも彼女が気絶をしなければどうなっていただろうか。
自分は最後までしただろうか、とザンザスは自身に問いた。

「はあっ、すごい鍛えてるのね」

女の手がザンザスの上半身を滑っている。
ベッドサイドの黄色がかったランプが情欲に燃え始めた女の瞳を明るく照らし上げるが、なんだかザンザスには目障りに見えてならないようだ。

きっときらは目の前にいる女と違って、泣き叫んでザンザスに抵抗しただろう。彼の手を解こうと手首に力を入れたかもしれない。悲痛に大きく顔を歪めて、涙を止めどなくこぼしただろう。彼女のする抵抗がどれ程無駄であるかわからせる為にザンザスは無駄だ、と告げる自身の姿を想像する。そして嗚咽をもらして泣いただろう。
そして、何も始まっていない関係が終わりへと歩んでいくのは火を見るよりも明らかだろう。

とっくに響き終わった筈のきらの悲鳴がザンザスの脳内で更に大きくなる。目の前にいる女の手が下へ滑っていくごとに、である。
きらの手ではない、知らない女の手だ。自身の婚約者の手なら自分で一まとめにした筈である。一体どうして目の前にいる女がきらに見えてしまうのか。蔦がからまり、どこか深い所に根付いてしまったようだ。

「失せろ」

「え?」

「興覚めだ。とっとと失せろ」

女は突然の出来事に動揺が隠せない。解かれたリボンのせいで、前がはだけないように抑えながら起き上がる。ザンザスはとっくにベッドから退いており、テーブルの上に置いてあるウィスキーに手をかけた。

「どうしたの?気分が悪いの?」

氷を取るには煩わしく、そのまま飲もうとしていた時だ。女はザンザスの二の腕に自身の腕を絡ませて機嫌をうかがう。女はわかっていない。男の腕を掴んだ瞬間に、彼が彼女を激しく振り払って、倒れ込んだ彼女の髪の毛を掴み部屋から出て行け、と脅迫する様子を想像していたなんて。

「殺されたいか」

どうやら女の耳にはライオンの咆哮が聞こえたようだった。

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