異質なものを取り込んだヴァリアー邸が暴発するのはそう遠くない話だった。

きらは知らぬ土地、真新しい世界で迎えるハロウィンのざわめきに気を取られ屋敷に蔓延る静電気を孕んだ沈黙には目もくれていない。静電気を含んでいるかどうかよりも、空気があまりにも固すぎるという事は感じ取れていた。そして、その固すぎる沈黙を自身の知る沈黙と比べてまだ良いか、とハロウィンのざわめきに意識を埋める事にしたのだ。何故ならその方が楽しいからだ。

ルッスーリアは優しい、距離を置かれているけれども嫌な感じはしないレヴィ、赤子とは思えない程に賢いマーモン、ゲームを教えてくれるベル、ざっくばらんなスクアーロ。周囲の人間が暗殺を生業とする者ばかりだが、屋敷内で時折起こる激しい喧嘩を除けば穏やかだった。イタリアにきて間もなく3週間だというのにきらとザンザスは一切会話を交わしていなければ、同じ食卓で食事を取る事も出来ないままである。婚約者なのに、何も彼のことをしらないし、ザンザスも何もきらのことを知らなかった。そして、依然彼女ことを知る必要は一切ないという彼の考えはかわらないままだ。

「その花はなんだ」

雨が降り出しそうな、秋の実りを早々に悲しませるような空模様の日の出来事だった。
仕事終わりにちょうど玄関できらとザンザスは居合わせたのだが、出会い頭に交わす挨拶には随分と急進的である。突然の問いかけにきらは驚き目をぱちくりとしたが、たったそれだけでなのにザンザスの気持ちを逆なでにするには十分だ。

「質問に答えろ」

「・・・友人から貰いました」

「誰からだ」

この、自身の城に見知らぬ女が置かれている事だけでも不満なのに、何者からか花が送られてきている。やはりあの使用人の口を割れば良かったかもしれないとザンザスは思う。

「ヴェントファミリーの青年からです」

ザンザス瞳に小さな炎が灯されたのをきらは感じ取った。夜空の下で覗き込んだ水底から、見えるはずのない炎だ。腹の底がぞわり、と動き周囲に立ち込める空気がとたんに重くなった。

「お前個人にか」

「そうです、親しくしてくれるので」

腹の底で動いたものが全身に広がってしまわないうちにときらはザンザスに背を向けて会話がこれ以上続けられない様にその場から離れた。しっかりと今日届いたピンクのバラを握りしめながら逃げるようにして階段を駆け上る。いよいよ空が泣き出している事を丸窓から知らされ、それを横目にきらは長い廊下を急いで歩いた。部屋に入れば不穏なものなど感じなくて済むし、ザンザスと会話をしなくても良いと思っていたのだ。そう思っていたのに、きらは扉を閉める事が出来なかった。


「ふざけてんのか」

ザンザスは乱暴に閉まりかけた扉を開け、きらが握りしめていたバラを奪ったのである。よろめきそうになりながらも彼女は手を伸ばし、ザンザスからバラを取り戻そうとしたが勿論届くことなどない。

「返して!」

「何処の馬の骨かもしらねえ奴からもらってんのか」

「か、関係ないでしょ!」

彼女の手が届かないようにわざとザンザスはバラを高く掲げる。強く握られている訳ではないが、きらには悲し気に首をもたげているように見えた。

「バラの花を貰っておいて友達か、俺の顔に泥を塗るつもりか」

「え?」

ザンザスの言葉の意味がわからない。彼もきらが理解していないのはわかっていた。
ただでさえ彼女の存在に苛立っているのに、こんな真似をされては堪らないのだ。
何も知らない眼差しを向けては自身を責め立ててくる。苛立たしい。バラのがくの部分に力を入れれば首が折れ、より顔は俯いく。

「やめて!!」

言葉が先か、彼の手が先か。バラの顔はぐしゃぐしゃにされ、紅葉の季節にはいささか可憐すぎたバラの花びらが床に散らばり、ザンザスは顔の失ったバラを床に投げ捨てた。

「どうして」

腹の底で動いていた違和感がきらの全身に広がっていく。赤色矮星だと思ったザンザスの瞳には言葉に言い得ぬ程の物々しい炎が宿っており、呼吸をするのも憚られる程に恐ろしい。この部屋から出た方が良いのにきらはそれが出来ない。

「お前は俺の婚約者だ。それに、ここがどういう場所かわかってんのか?」

何故なら、扉に向かおうと彼から顔を反らしたが胸倉を掴まれ壁に追いやられてしまったのだ。ザンザスの背中越しに見える窓には大きな水滴がいくつも張り付いており、雨が降っている事がわかる。固まった空気を雨で濡らせばいくばくか和らぐだろうか。だがきっと不可能だろう。ザンザスの唇はぴったりと一文字に結ばれ、自身の婚約者の顔の横に手をついて見下ろすだけで何も言わない。きらの視線が静かに動き始めたが、彼はそれを見逃さなかった。

「逃げれると思うな」

たった一言だ。たった一言なのに、きらはこの目の前に立ちはだかる男に全てを支配されていると悟ったのだ。

「他の男と寝て俺に恥をかかせてみろ、ただじゃおかねえ」

窓の外に見えるのは雨なのか、ザンザスによって潰されてしまったバラが泣いているのか。恐る恐る視線をあげれば、赤色矮星の様だと思ったザンザスの瞳が激しく燃えている。一体自分の何がここまで彼を怒りへと導いてしまったのかきらにはわからない。
それでも彼の発言は実に許しがたい物だった。

「そんなの、そんなの、言われる筋合いないです・・・」

きらは冷えていく四肢の先っぽを感じ取りながらもザンザスに抗議した。彼女の記憶にあるのはローズゴールドが爪に塗された女の手だ。自分が女とよろしくしている癖に私にはこんな事を言うのか、と。肝の据わった勇敢な態度だが獅子の隠された爪が姿を現してしまった。静電気を孕んで、今にも破裂してしまいそうな沈黙が獅子の爪によって研がれ始める。もしここにヴァリアーの幹部がいれば誰もが仲裁に入ったであろう。

「おい、誰に向かって口をきいてる」

見開かれたザンザスの瞳は燃え上がらんばかりの業火のせいで、底が見えない。
一体どうして彼の瞳を星の様だと思ってしまったのか。きらの襟ぐりを掴み上げ、壁から引きはがしたかと思えばそのままベッドへと彼女を押し投げる。ザンザスの目の前ではどんな女も小鹿と同然だ。

「いやっ!」

ザンザスはきらに馬乗りになり、ブラウスを左右に引き裂く。飛んでいくボタンもあれば辛うじてブラウスに付いているのもあった。

「うるせぇ」

嫌がるきらの小さな顎を掴み、ザンザスは無理やりに口づけをする。なんの感情も無い、彼女を恐怖させ支配する為の手段だ。口づけから逃れようと必死に胸板を押しても、じたばたと足を動かしてもザンザスを退かせる事は出来ない。
この後に何が起こるかだなんて、考えずともわかる。

「なめてんのか」

全く取るには足りない拳だった。
たまたま、彼に抵抗しようと振り上げた手が幸運な事にもザンザスの目元近くに当たったのだが、これで事態が好転する筈もなくきらの手は頭上で一まとめにされてしまう。暖房の切ってある部屋で、冷たい外気が露になった彼女の肌を撫でているのに信じがたい程に胸元が暑い。
恋愛関係にすらなってもいない、何も知らない男に誰にも見せたことのない肌を見られている。獅子の爪とぎはとっくに終わった。ザンザスに仕返しだと言わんばかりに胸元を強く噛みつかれれば、涙が静かに横へと滑っていく。

「やだ、やめて・・・」

ベッドに乗りきらなかった足が動かない。呼吸の感覚が次第に短くなり、視界は益々滲むも辛うじてザンザスがネクタイを緩めている事はわかった。ああ、恐ろしい、嫌だ、どうして、ときらの頭の中に黒い靄がかかる。この黒い靄に自分が飲み込まれればどんなに幸せなのだろうか。飲み込まれ、このまま気を失って何もかもから逃げ出してしまいたいという感情に駆られた。

爪を噛んで嵐が過ぎるのを待つのにはあまりにも辛すぎる。
そして、黒い靄が彼女の脳内を占領するにはあまりも多すぎる感情が入り乱れている。

自分の体を奪われるかもしれないという恐怖が競り上がり、呼吸の感覚がどんどん短くなり、彼女の不安を煽った。事実、きらのスカートの裾にはザンザスの手が忍び込んで爪を立てようと上へと滑らせているのだ。一まとめにされた腕は動かない。馬乗りになっている男が誰か彼女にはわからない。

ああ、恐ろしい。




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