酷い嘘も何も、きらはそんな話聞いた事がなかった。
 
「え?」
 
 睫毛についた重い涙の跡を拭う。青年は彼女の瞳の奥を覗き込見たがっているのか、じっときらを見つめている。
 
「似てないと思いませんか?彼の父親の肌は白いし、目だって赤くない」
 ほら、と言わんばかりに青年はザンザスを手で示した。涙で浸った脳みそが、鈍く動き出す。確かに彼の父親であるティモッテオの肌は白い、目の色も違う。顔つきも似ていない。でも、きらはそんなの考えた事がなかった。彼の父親の肌が白いから、目の色が違うから親じゃないなんて。
 
「死にてぇのか」

 ザンザスの言葉に青年は口をへの字に曲げ、両掌を上にして肩をすくめてみせた。その仕草がザンザスの癇に障ったようで、それもそうだろう、眉間の皺は先程よりももっと深くなった。 
 
「9代目も悪い人ですよ。こんな嘘つき息子に、」
 
 息子、を強調するかのように青年は両手でピースサインを作ってはその指を上下に折って見せる。
 
「可愛らしい花嫁を与えるなんて。あんなに素晴らしい人なのに、ザンザス、お前は最悪だ」

 牙の鋭い動物が威嚇する時みたいだ。青年の鼻と眉間に皺が寄っている。よほどザンザスに恨みでもあるのだろうか。
 
「だからきらさん、こんな男と幸せになれませんよ。僕と一緒にいた方がまだ幸せになれる。彼はあなたから全てを奪う男ですよ。あなたが女に攻撃された時、彼は何をしてくれましたか?あなたの話を聞いてくれましたか?」 
 

 その女の顔がきらの脳裏に浮かぶ。彼女の爪先、グリッターが頭の中に吹き荒れきらは気分が悪くなった。この青年のいう通り、ザンザスは話を聞いてくれなかった。確かに彼は彼女を突き放した。悲しい、悲しい、どうして私の話を聞いてくれなかったの、とまた彼女の感情はごちゃごちゃになっていった。一度は引いた筈の湿った曇り空が広がっては、たちまち彼女の中で雨を降らした。その雨はあまりにも多すぎるのか、瞳の奥からぼたり、と涙がまた、溢れてしまう。
 
「ほら、そうでしょう。あなたを悲しませているのはザンザスなんですよ」

 青年の言葉にきらは息を詰まらせる。
喉元に何かつっかえているみたいだった。出会った間もない頃のザンザスは確かに酷かった。
彼の赤い瞳が、青年に言わせて見ればティモッテオと似ていない瞳だが、燃え上がらんばかりに爛々と輝いていた。決して美しく見惚れるような物ではなく、恐れ慄く輝きだった。とっくに前の出来事にも感じるが、きらはまた恐ろしくなった。恐かった、と大粒の涙がまた頬に滑り落ちてゆく。でも、あんな事をしておきながら、沢山助けてくれたのは他でも無いザンザスだった。恐ろしくて、気分屋で。きらの知っている彼の瞳は時々優しい。迷子になった自分に進むべき道を教えてくれるような、そんな輝き方をしている時だってあった。恐くて泣き出してしまいそうな時だって、側にいて守ってくれたのは彼だった。きらは今までのザンザスとの出来事を断片的に思い出した。一つ一つ思い出す毎に、喉が焼けるように痛んだ。ああ、自分はザンザスが好きなのだと。
 
 「あなたには、関係ない」 
 
 可愛い声でも、凛とした声でもないだろう。声はすっかり涙で滲んでしまった。
 
「肌の色で、人を判断するのは、失礼でしょ」
 
 青年は一度、豆鉄砲でも食らったかのように驚いた。けれども、すぐに顔の中心に向かって皺が寄っていく。こんな風に言い返されるなんて、想像していなかったのだろうか
 そして、ああ、とザンザスは何かを思い出した。
 
「あのカスの弟か」
 
 破裂するような悲鳴が廊下に響き渡る。その声に飲み込まれてしまいそうなきらだったが、ザンザスがそれを許さない。気を保つようにと、くびれに回した手に力を込めた。そして、約束の通り背中を押される。きらが一歩下がったのと同時に、ザンザスが彼女を守るようにして前に出た。

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