煩わしい、ザンザスはそう思った。
今にも零しそうな涙をこぼしまい、と涙を溜めているきらの姿を見てもザンザスは何も感じなかった。可哀想だとも、申し訳ない事をしただとも。でも、心臓にいつの間にか纏わりついていたベイビーグリーンの蔦が焦げてしまいそうな気がしたのは事実である。

「何がしたい」

「・・・わからない」

「舐めてんのか」

自分に苛立っているのだときらはわかっていた。背中が張り詰めるような低い声には怒気が篭っている。彼のいう通りに従えば特に何事もなく、穏やかに終えれるだろうに、きらはどうしてもしたくなかった。
涙がこぼれないように、ゆっくりと瞳をザンザスの方へ移してみる。彼の表情を伺おうとしたが、滲んでいてよく見えない。きっと眉間の皺はいつもより深くて、目にはいつもより力が篭っているのだろう。そこまで想像してきらは無性に悲しくなった。瞬きをせずとも、目に留まりきれなかった涙が重く、鈍く、彼女の頬を滑った。ルッスーリアが施してくれたハイライトの上を滑っては、ぱたり、と胸元に消えていった。

好きなのだ、ときらは思った。あんなにも酷い目にあったのに、確かに自分は恋心を抱いているのだとわかったのだ。ザンザスと確かに関係を持ったかどうかもわからない女からの言葉のせいで、こんなにも気持ちを乱してしまうくらいには恋をしているのだ。

「突き放されて、悲しくて、私」

涙で視界が歪んでいるせいかきらは自分でも何を言っているかもわからなかった。
広間からは先程の騒ぎなどなんのその、二人の存在すらも忘れたかのように明るい曲が聴こえてくる。それが余計に彼女を心細く、惨めにさせたのだろう。きらの瞳から溢れる涙の粒はより大きく、彼女の思考は乱れていった。

「私、あの女の人に、言われてショックだったの」

ザンザスは泣いている彼女を慰めようともせず、その場に立ったままである。きらは胸の端っこにあった夢のような願いを、彼が自分の方へと歩み寄っては慰めてくれないかと思ったが、現実の彼はただただ彼女を傍観しているだけなのだ。言いたいことも聞きたいことは色々ある。頭の中に浮かび上がってくるのは支離滅裂な単語ばかりで、この状況で自分の気持ちを一つ一つ言い表すなど彼女には出来なかった。言おうとしても、喉の奥が焼けて言葉にならなず涙になって消えていくのだ。

「ザンザスさんと、仲良くなりたかった」

罵りの言葉でもむけてくるのかと思っていたザンザスは、肩透かしを食らったような気持ちになった。
僅かに目を細めきらを見つめる。滲んだ視界の彼女には小さな表情の変化などわからないが。きらもきらで、自分は何を言っているのだろうと恥ずかしくなったし、支離滅裂な自分が酷く嫌になった。こんなの好きだと告げているようなものではないか、と。きらが困惑しているように、ザンザスも困惑していた。女は煩わしい、と思っていた彼を余計困惑させたのだ。その言葉を告げられて、物理的に突き放したいとも、無視をしてしまいたいとも思えなかった。かといって、どんな行動を取るのが正解なのかもわからなかった。

「きら」

女に喚かれるは好きではない。泣かれるのも好きではない。
泣いている女は煩わしい。今までなら無視して自ら去っていたものだが、どうしたものか。

「きら」

二度目で彼女はようやく顔を上げた。涙の海に沈んだせいだろう、瞳は随分と潤んでいるし頬は涙で濡れきっている。
ちくり、と絡みついたままの蔦がザンザスの心臓に棘を刺した。こんな顔をして欲しかったのだろうか、と何故か疑問が浮かんだ。彼の記憶にあるきらの顔はいつも、多分、今よりかは明るく嬉しそうな顔だった。それを求めているのか、とザンザスはぼんやり思いながら彼女の濡れた頬に人差し指の背を這わせた。

これで彼女が慰められるとは思っていなかったが、彼はこうする事しか出来なかったのだ。


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