雨雲をきらに被せた女はいなくなり、暫し騒然とした周囲の興味はすぐにそがれた。

残ったのは雨雲だけである。それも、きらの上にだけだ。
冷静でいようと努めるも、鼓動は次第に大きくなり、思考は雨に濡れていき目の前が霞んでしまいそうであった。その視線の先にいたのは騒ぎを聞きつけたザンザスがスクアーロとやってきていた。ベルは長い前髪の下、これから数秒先に起きる未来を想像して瞳を動かしていた事は誰も気付いていない。

「・・・あの女の人とどういう仲なの?」

ワンピースの上に散りばめられたグリッターが小さく光ったのは、彼女が手を握ったからだろう。イタリアへ来たばかりの頃なら気にしなかった意地悪な言葉を今、こんなにも気にしてしまう自分が嫌だった。政略的な婚約である。過去の事をとやかく言うつもりはきらには毛頭なかった。ただ、恋ごろを抱き始めた彼女が願うのは、ザンザスがあの女と繋がって居ないことだ。あの女が未練がましく、突然意地悪をいってきたのだ。そうであってほしい、ときらは答えない彼の瞳を願うように見つめる。

「お前には関係ない」

ツリーの上で輝くトップスターはきらの願い事を叶えてやれなかった。ツリーの飾りにすらもなれなかったのだ。永遠の緑を象徴するモミの木から緩やかに下へ落ちていく。
彼女には聞こえないだろうが、トップスターは生憎機嫌が悪かったの、と言いたいくらいにはザンザスの虫の居所が悪かったのだ。
ティモッティオと会話をしていなければ違ったかもしれない。けれども、彼がザンザスに何を会話したはきらには知り得ない事であるし、ザンザスとの間の確執も彼女は知らないのだ。

その確執故にクーデターを企てては、失墜しているなど。

「私がヴェントの人間と親しくしたら怒ったくせに?自分はいいの?」

きらの言葉にザンザスは眉間に皺を寄せた。その瞳には先程の暖かな炎などない。
見えるのは彼女に対する苛立ちの、怒りに近い炎であった。会場にあるどんな赤いリボンよりも、どんなに麗しい女の口元を彩る赤よりも赤い瞳が強く燃え始めたのだ。

「何が言いたい」

「自分は良くて、私はだめなのね」

「舐めてんのか」

獅子は苛立ち玉座から立ち上がった。自分よりも背の低い婚約者の顔を見下ろすように体を近づける。もし、相手がきらではなければ今頃殴りかかっていただろう。そうでなくとも、気に入らない人間を男女問わず殴っていたのをスクアーロは度々見ていた。だから、きらがそうならないように、ザンザスへ制止の言葉をかけたが柔らかな絨毯へ落ちていくだけである。きらもきらで、スクアーロに目もくれず首を何度か横へ降っていた。勿論これはザンザスに言われた言葉への否定を現した仕草ではない。

そのままきらはザンザスへ背を向けて、大広間とは逆の方向へ歩み始めたのだ。


「どこへ行くつもりだ」

「外の空気を吸ってきます」

「ふざけてんのか」

霞みそうになる視界をどうにか堪えながら、きらは歩き出した。

「ベル」

声をかけようとした王子を制止したのはザンザスである。ベルは伸ばしかけた手を引き、廊下の奥へ消えゆく彼女を見守るだけだった。
その声の主が、ベルの名前ではなくて自分の名前を呼んでくれればよかったのに、ときらは悲しんだ。視界が霞まないように堪えながら足早にザンザス達から離れていく。

久しぶりに表れた雨雲は重く、暗い。
頬が濡れ始め、きらは化粧が落ちないようになるべく優しく拭った。
こんな化粧が落ちるかどうか気にしても意味がないのに。そう思い、また、悲しくなり涙が溢れてくる。自分にしか聞こえないように、漏れる声を抑えた。そのせいで喉がひりひりと痛んだ気がした。きっと、そうだ、と自分を言い聞かせるようにきらはこれ以上涙が出ないように唇を噛み締める。

胸が業火に焼かれたかのように痛いのはどうしてだろうか。


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