ザンザスに告げられた言葉によって現実に、自身のいる世界を改めて知らされたきらにマーモンがひそひそ話を始めた。可愛らしい小話でもされるかと思いきや、万が一何か起きた時の簡単な対処法であった。

『庭に貝殻をモチーフにした噴水があるから、それを背にまっすぐ森を抜けていくんだ』

きらはマーモンからもらった言葉を頭の中で何度も復唱しては、自身のいる世界がいかに異質でいかに危険と隣り合わせなのか再認識した。目の前で楽し気に踊る男女もついさっきまで何か人に見せれないような仕事をしていたのかもしれない、そんな邪推が彼女の思考に生まれ始める。先程までの天使に祝福されたような幸福さはいささか消えつつあった。

ぼんやりと、音楽とダンスに興じる人々を眺める。

かしこまったワルツを踊っているというよりも、各々が曲に合わせて楽しそうに踊っている。それこそ、ワイングラスを持ったままリズムに乗っている者もいるくらいだ。
色鮮やかなドレスが舞い、きらの視界を独り占めにし再びクリスマスの魔法の粉が彼女を取り込んでいく。いくら危険と隣り合わせであっても、初めて見るおとぎ話の様な世界にきらは惹かれずにはいられなかった。

「ごめんなさいね!」

酔いが回りきった女が笑いながらきらとぶつかる。避けようとしたがうまくれ避けれなかったらしい。どうやら女は踊っていたものの、足を躓かせてきらの方へと転んでしまったようだ。相手の男も大丈夫ですか?ときらにたずね、頷いたのを見て良い夜をと言いながら去ってしまう。

少し離れたところにルッスーリアと会話をしていたザンザスと目があった。
カップルが彼女にぶつかっていく瞬間をみていたようだ。事実、ルッスーリアがきらの方へ向かってきている。
着飾った人々の中にいても恒星を持つ者故だからだろうか、それともきらが彼に心を寄せ始めているからだろうか。吸い寄せられるようにザンザスを見つけてしまうのは。

笑みを浮かべながらきらは肩を竦めてみせたが、彼は首を僅かに傾げ、ボーイの方へと進んでいってしまった。二人の間に残されたのは次第に小さくなっていく沈黙と、ダンスに興じる人々だけである。

「きらちゃん、びっくりしたわね〜!」

彼女の元に駆け寄ってすぐにルッスーリアは、ああ、と思った。
これがザンザスなら良かったのに、だなんて。先程よりも少し離れた所でウィスキーを持ちながら、今度はスクアーロと会話している。きらの側にいたマーモンとベルはルッスーリアと入れ替わるようにどこかへ行ってしまった。

「お喋りしましょ」

ノーボーイズよ、と言うルッスーリアにつられきらは思わず吹き出してしまう。
苺が泳ぐシャンパンを受け取って、きらに渡せば小気味よいグラスの重なり合う音がした。

「みんなおとぎ話に出てくる人みたい」

誰のドレスが素敵だった、リップが可愛かった、などと話している間にぽろり、ときらは夢見心地に言葉を溢した。手に取ったものはノンアルコールのシャンパンだったようで、酔う事もないのにきらの頬はどこか酔ったように蒸気している。人の熱気に当てられたせいかもしれない。

「踊ってる人、皆楽しそう」

きっと彼女の言う楽しそうの奥底にはもっと違う意味があるのだろう。
手を取り踊り合う男女の瞳を見て、きらは思ったのだ。ああいう風に互いを慈しみあうような、思い遣っているような眼差しを自身の婚約者から向けられる時が訪れるのかどうか。

「そうね、皆楽しそうね」

言葉こそ寂し気に聞こえたが、きらの目が輝いているのにルッスーリアは気付いていない。遠巻きにいるザンザスだけが彼女の瞳が確かに輝いている事に気付いていた。
グラスを握りしめ、踊る人間を眺めるきらは子供が初めてスノーグローブと出会った時のようである。彼女の瞳は宝物を見つめるように麗しく、ザンザスの心を惹きつけるのには十分な程に魅力的であった。

スノーグローブのようにその瞳に振る星をどこかに閉じ込めてしまいたい。誰の目にも触れず、自分だけのものにしたい。

ぼんやりと、ザンザスの赤い瞳にきらに対するほの明るく、ほの暗い感情の炎が揺らめき始めた。

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