『ザンザス、こっちへおいで』

カシミアが織り込まれたジャケットは重くて暖かい、そして首元にあるボウネクタイは落ち着いた赤色で幼いながらに自分の瞳よりも暗い赤だと思った事をザンザスはよく覚えていた。
ツリーの下で回る黒い蒸気機関車の玩具も、部屋の窓で誇らしげに立つくるみ割り人形の兵隊も。忘れる筈がないのだ。寒い冬しか知らなかった彼に、暖かさを知らせてくれたこの季節を、このボンゴレ邸で聳え立つクリスマスツリーを。

この屋敷に住んだ人間しかわからない手洗いで、ザンザスは一人ネクタイを締め直しながら苦い顔をした。幼い頃の、昔の記憶を彼はなるべく思い出さないよう、振り返らないよう努めてきた彼にとっては居心地の悪い瞬間である。
だから、本当は記憶の中にいるティモッティオの顔を見えないようにしているのだ。涙を溢した雪だるまなどいないのに。

ゴールドの貝殻で飾り立てられた鏡にうつる自身をザンザスは見つめる。いつもなら一度で満足結べる筈なのに、ヴァリアー邸を出てから落ち着かなかった。首元までしっかりと締め、初めてザンザスは気付いた。これもまたルッスーリアに指定されたネクタイなのだが見覚えのある色だ。もしかして、まさか、と思うも間違いないだろう。

きらの着ているドレスと同じ色なのだ。

「クソ」

小さく悪態づくが彼以外ここには誰もいない。漆黒の大理石で作られた床はザンザスの影までも吸い取ってしまったのか、静かに鏡の前で苦い思いに飲まれゆく彼を黙って見守るばかりである。
鏡の前に相変らず立っているが、ザンザスの瞳にうつっているのは自分自身ではない。先程のきらだ。冬の永遠の命を思わせるモミの木と同じ色の緑のワンピースドレスは、このパーティーでは控えめかもしれない。それでも彼女の魅力を引き立てるように丁寧に仕立てられただけある。化粧もルッスーリアが施したのだろう、大ぶりなつけまつ毛などはないが、十分にきらが愛らしく見える化粧なのだ。

『とっても』

よく縁どられた唇だった。
その唇についた髪をはらってやれば、彼女はどんな表情をしただろうか。
でもザンザスの記憶にある彼女は、以前の談話室で驚き逃げてしまったきらだけである。だから、彼の中で想像できるきらが逃げ出してしまうのも致し方ないのだろう。

本当の彼女は彼を待ちわびているのに。

ヤドリギの木の下で口づけを待っている訳じゃないが、また、今日の為の服を選んだ日の様に話を出来たら良いのに、ときらはきらで期待してしまっているのだ。

『あってほしいのよ』

ルッスーリアの強く願うような言葉をきらは思い返す。ザンザスと恋人の様に親しくなったとしてもルッスーリアには嫉妬する姿は想像出来なかった。恋人のように親しくなれる自信もないが、自身を見つめる彼の瞳だけは綺麗に想像が出来たのは不思議だ。
自分でも気づけないような、瞳の奥底まで、もっと言えば誰にも話したこともないような、心臓の奥底に仕舞ったものをザンザスには見抜かれてしまう気がした。

紅く煌々と燃える赤色はクリスマスを彩る赤とは違う。
神の愛を現したと言われるがザンザスの赤い瞳の説明にはふさわしくない。
永遠に燃え続ける赤い星雲のようで、その瞳の力強さに捕らわれてしまえば何もできなくなってしまうだろう。

「おぉ、随分なげぇトイレだなぁ」

きらの横で腕を組んでいただけのスクアーロが誰かに対してからかいの声をあげた。

「カッ消すぞ」

誰だろうか、とその声の方に向くまでも無い。その言葉を聞いただけでザンザスときらはわかった。先程ツリーの前で写真をルッスーリアと確認している間にどこか行ってしまったのだが、トイレだったのかと少し安堵した自分がいた。

「おい」

「・・・何?」

「死にたくなかったら一人になるな」

スクアーロが身に着けているのと同じくらいに真っ黒なスーツなのに、ザンザスだけが冬の冷たくて全てを飲み込んでしまう程の漆黒の夜空に溶け込んでしまいそうな色を身に纏っているようにきらには見えた。前髪がしっかりと上げられたせいで、顔に残る傷跡が彼に苛烈な出来事から生き残った証の様だ。その傷跡がどう生まれたのかきらは知らない。煌々と燃える瞳は、彼女が頭の中で想像していたものよりも激しく今にも燃え出しそうだったが、これもまた彼女にはわからなかった。

「ヴェントの奴がいても話にいくな。わかったか」

ザンザスの話し方は注意、というよりも命令に近しい言い方である。
否定や拒絶の言葉を一切許さないという声音なのだ。ザンザスに言い返せるようになってきたきらでも、今回ばかりは両手を腹の前で握りしめながら、わかりました、と小さく答えた。

そして、ザンザスのその声音がおとぎ話の中に入り込んでしまった彼女を現実に引き戻したのは言うまでも無い。
事実、彼らに挨拶に来る人間もいなければ彼らと目を合わせようとする人間もいないのだから。誰が彼を歓迎し、誰が彼らを憎んでるかなどわからないのだ。



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