ずっとわかっているつもりだった。

きらは自分がいかに特殊な世界に投げ込まれて、いかに不思議な世界にやってきたのか理解しているつもりだったが、自分はいよいよ本当に知らない世界に投げ込まれたのだとボンゴレ邸の玄関で天高く聳え立つツリーを見て実感した。

古めかしい屋敷だとは思っていたが、クリスマスの化粧を施された屋敷は一風雰囲気が違う。いくつものクリスマスを知っている建物だ。訪れる客達は誰も煌びやかに着飾り、慣れた手つきでウェルカムドリンクを手に取っては部屋の奥へと消えてゆく。
こんなクリスマスをきらは知らない。それでも、この屋敷にやってくる人間たちは自分がこの場にいるのが当然のように、祖父母の家に戻ってきたかのように振舞っているのだ。特殊な世界に見えても、きら以外の人間にすればごく当たり前の世界であり、光景である。彼女の方が彼らかすれば異質なのだ。

「今年も立派ねぇ」

ルッスーリアはしみじみと言いながら、きらのコートを脱がせてはクロークに預けた。

「いつもこんな感じなんだ」

「そうよお」

大ボンゴレだもの!、とルッスーリアはわざとらしく耳打ちをしたが、秘肉めいて聞こえたのは決して気のせいじゃないだろう。そっか、と言うきらはどこか心ここにあらずだった。ルッスーリアに耳打ちをされた時ににライトブラウンの瞳の女が二人を一瞥した瞬間が忘れられないのだ。よそ者を見るような、二人がどこからやってきた人間なのか探ろうとしている眼差しな気がして、きらはあっという間に委縮してしまった。言葉で直接訴えかけられた訳でもないのに、その女に、その女以外からにもそういう風に見られている気がしてならない。

「きらちゃん、ボスが来たら隣にいるのよ。なるべくよ。
挨拶に来る人もいるかもしれないし、いないかもしれない。ただ微笑んで挨拶を返すだけでいいの」

オーケー?とルッスーリアはきらのドレスの後ろのリボンを締め直しながら言う。

「大丈夫なの、それで」

「大丈夫よ。きらちゃんはここに居るだけで十分なのよ」

ここにいるだけで十分。そうは言われても、ときらは言い得ぬ不安感に襲われていた。胸の底を細い蛇がいくつも蠢いているようで、居心地が悪くなっていく。この屋敷だって度々来ていたのに、ただ屋敷の装いが違うだけでこんなにも言い得ぬ不安に襲われるのか、ときらは自分自身の手をもう片方の手で握った。

「きらちゃ」

ウェルカムドリンクを渡そうとしたルッスーリアの手が止まる。きらの瞳に浮かんできた不安げな雲の正体を捉えたのだ。ああ、イタリアに来た時と同じだわ、とルッスーリアは小さくため息をついた。彼女に何かがっかりした訳でもない。ただ、今まで気丈に過ごせていた方がラッキーだったのだときらを思い遣った故の溜息である。
彼女の緊張を緩ませようと言葉を思案したが中々思いつかない。

「ルッスーリア、それ」

ルッスーリアに呼ばれた声を今まさに気付いたようにきらは振舞ったが、それは途中で終わってしまった。彼女の視線はルッスーリアの手の中にある小さな可憐な泡が浮かび上がる炭酸の飲み物になければ、ルッスーリアにもない。何か後ろに輩でもいるのかしら、と彼が振り返ればそうではなかった。輩でもいればとっくに気付ているし、気付かなくて当たり前の相手であった。

「立ち止まってんじゃねぇ」

ザンザスである。

「あらやだ、ボス!驚かさないで!」

オホホと陽気にルッスーリアからザンザスはグラスを取り、一口煽った。
煽って、そこにいるとわかっているきらを、わざわざ確認するように赤い瞳の先を彼女の方へと向ける。ぱちり、と動く睫毛はいつもよりも丁寧にカールされているらしい。彼女の瞳をいつもより魅力的にみせているが、どうにも瞳の底までもが見えやすいように思えた。その瞳の底から映し出されているのは、この屋敷で煌めく黄金の星々などではないし、雪に見立てたコットンよりも見すぼらしい雲だ。

「さっさと移動しろ」

思わずどきっとしたのは何故だろうか。ザンザスがいつもよりもハンサムに見えたからだろうか?今日の為に仕立てられたスーツが彼の魅力を引き立てているのかもしれない。
でも、これはきらにしかわからない事だが、彼に瞳の底を射抜かれた気がしたのだ。
ザンザスに自分の気持ちを読まれた気がして、いつもなら何も言われないであろうシーンで、声をかけられた事が嬉しく思えた。

胸の底にやってきた細い蛇たちはもういない。
そして、特殊な世界な筈なのに、ザンザスがいるだけで自分の見知った世界になった気がした。

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