鈍い方ではない。寧ろ気付きやすい方かもしれない。
殆ど訪れる事のない自身の父親の執務室でザンザスは眉間に皺を寄せる。
目の前に置かれた書類と、その側にある薄い電子媒体は一定の時間が経っても消えないようにしているのか画面がついたままだ。

そこに映しだされているのはどこかで盗み撮りされたようなきらの姿である。
物憂げそうな、不安げそうな、雑踏の中で飲み込まれてどこか消えて行ってしまいそうな表情の写真だ。その写真のほかにも、彼女の生年月日は勿論、国籍や卒業してきた学校からおおよその日々の行動から身辺状況を記した報告書が一緒に見えた。
上から下まで読んでもいいだろうが、ザンザスはそんなのに微塵も興味もなかった。

興味がない、ふりをしているだけかもしれない。

「待たせたね。きらさんに渡しておいてくれ」

ティモッティオに渡されたものを嫌そうに受け取り、何も言わずに席を立つ。
一刻も早くここを出たいのだろう。ひったくる様にコートを取り、父親になんの声も掛けずに部屋を出ようとした。

「年明けからは任務が待っている」

ヴァリアーの活動制限が無くなる事を意味している言葉が投げかけられる。一瞥もせずに出て行くつもりだったが、思わず視線をティモッティオに、自身の父親に向けずにいられなかったのは何故だろうか。父親を思うような暖かなアイコンタクト等ではない。何か言い得ぬ不満をぶつけるような、そんな感情の込められた瞳である。それでも、ティモッティオは小さく微笑んだ。

執務室から出てきたザンザスに、ボンゴレ邸の者が怯えたように逃げ始めた。ティモッティオと面談をした後は決まって不機嫌なのだ。人気がすっかり消えた屋敷をすり抜ける様に、埃一つない階段を下りていた時だ。

ボンゴレの若い男がきらに話しかけているではないか。どうしても彼女にも必要な手続きがあり、一緒にこちらにやってきたのだ。どうやら日本語を話せるらしく、身振り手振りを使ってきらとコミュニケーションを取ろうと必死で、彼女も彼女で、その男の意志をくみ取ろうと耳を傾けていた。
きらの眼差しの先にいるのは知らない男だ。何かを察しては意思疎通を潤滑にしていく様にザンザスは次第に苛立ち始める。自身の父親に向けていたものとは違う炎を瞳に宿した。

「この間、日本にいる友達に」

先ほどまで懸命に話していた男の言葉が次第に弱くなってきた。日本語に不慣れだからだろうか、ときらは気にせず聞き続けるも、そうではない。彼女の後ろにある階段、そこにいるザンザスの存在にこの若い男は気付いたのだ。
誰も彼に教えていなかったのだろうか。この目の前にいる優し気な娘は誰もが恐れ慄くザンザスの婚約者であると言うことを。ボンゴレ邸に出入りする以上彼は知っておかなければならない筈であった。

一挙一動等とっくに彼に捕まれている。
何ならこの若い男は自身の心臓の音、回数すらもばれている気がしたのだ。手を後ろにやったり、汗を拭こうとジャケットの内側に手を入れない方が良い、と自身を守るべく行動の方に体が動く。るで天敵に見つかった被捕食動物が見つからないように身を縮こまらせているようだ。対してザンザスはゆっくりと、百獣の王らしく堂々と階段を下りていった。

「きら」

ザンザスの方を振り返った婚約者は今まで気付いていなかったようで、彼がその場にいた事に少し驚いた。

「いくぞ」

この若い男に二人の関係は今時点でははっきりわからない。けれども、ザンザスの声には確かに苛立ちが込められていた。ザンザスもザンザスで苛立ちを抑えようとしたつもりだったが、どうにも上手くいかなかったのだ。自分のものに触れないでほしい、という気持ちが心臓の底からうっかり溢れてしまった。どことなく見えていたこの気持ちを、見えないふりをしようとしていたのに、ここにきて溢れてしまった。

その気持ちがほの甘い、春の口づけを思わせるものなら良いかもしれないが、そうとはまだ言えないものの、無性に苛立ってしまうのだ。自分のものに許可なく話しかけるなんて、と。最も、ボンゴレの人間というのがザンザスを苛立たせている一因でもあるだろう。

きらは小さく微笑んで、ザンザスの後ろを小走りでついて行った。普段なら彼女を置いて車に乗り込むところだが、今回は違った。
大きな扉の向こうにいる小さな悪魔を閉じ込めるように、自分の世界とは違うものだと知らしめる様に、ザンザスは力強く扉を閉めた。

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -