得も言われぬ、冬に花開く筈のない花が咲くような感情がザンザスの胸に纏わりついた。
彼の激しく燃える心臓の周りを、まだ幼い可愛らしいベイビーグリーンの蔦が足を伸ばし始めているのだ。知らない感情なのだろうか、既に知っていた感情なのだろうか、ぞわぞわとする気がした。風邪など滅多に引かないが風邪の引き始めを予感させるように落ち着かない。

それはきらも同じで、あんな酷い事をされたのに、とどうにもザンザスの事が気になってしまうのだ。ルッスーリアに言われた言葉はわからない。強く否定するには難しいし、かといって肯定するのも何だか嫌だった。とっくに解けたと思っていた、彼女の視界に纏わりつく氷が本当に溶け始めたようなのだ。

「ボス、出席者一覧はこれよ。多分二度とディナーもしないでしょうけど、念のためにね」

談話室にあるローテーブルの上にはいくつもの紙が広げられている。時々彼が何かを言ってはルッスーリアが紙に書き込んでいるがきらにはわからない。

「きらちゃんも念のためね。そんなに挨拶してくる奴らはいないし、来たら挨拶しておけばいいわ」

ああ、そうか、色々注意しなくてはならないのか、ときらは頷く。これは普通のパーティーではないのだ。これまでの襲撃を思い出して思わず眉頭をひそめながらも貰った紙に視線を滑らせていく。並べられた横文字に目が迷子になりそうになるも、Vの列で見覚えのある名前があった。ヴェントである。

「なんだ」

思わず漏れた声だった。小さな声で、独り言のようなものだったのに、ザンザスはそれを聞き逃さなかったのだ。何か悪さをした訳でもないのに、きらの肩は僅かに跳ね上がり目を大きく見開き、彼の方に眼差しを向けた。しまった。声音が強かったのだろうかとザンザスは思案した。海の底を蹴飛ばしたように、目の前にいる婚約者の瞳は濁っている。砂埃が落ち切らない。

「なんでもないです・・・」

「続けろ」

きらに対してではない。
ザンザスはまさに、一瞥しただけなのだ。彼女の瞳の中で舞う濡れた砂埃を落ち着かせる程余裕はなく、催促されたルッスーリアはザンザスの言う通りに打ち合わせを再開した。何も言葉を言わないようにと、注意したい気持ちが仕草に反映しているのだろうか、きらは指を唇の方へ持っていき真一文字に結んでいる。本音を言えば、聞いておきたかった。でも、ここに書いてあるんだし、そうなんだろうな、と彼女はただヴェントファミリーの青年と出くわさない事を願った。

乾いた葉を、枝にしがみつくのに精一杯な葉を脅かすような風がきらの中に吹き始めた。自身の奥底を無遠慮に知ろうとする眼差しが彼女の頭の中に張り付いているのだ。
また会うと約束した訳でもないのに、必ず会場で会えるとも限らないのに、会ったらどうしようか、ときらはその事ばかり思案している。

「あのこ、なんだか顔色悪いわね」

いよいよ間近にせまったパーティーに備えての打ちあわせを終え、きらは逃げるように談話室を後にした。ゆっくりと立ち上がり、部屋に戻るつもりだった筈なのにザンザスの足はどこか忙しない。彼女を追うつもりはないのだろう、ただ部屋の方向が同じなのだ。別に彼女のことは、と思っているのにどうにも彼は彼女に意識が向いてしまう。

階段を上りきって、曲がればほら、きらがいた。レヴィにイタリア語を教えてもらうと言っていたからだろうか、両腕がしっかりと教材を抱えながら歩いている。

「おい」

聞こえないのだろうか。きらは止まる事もなく、ひたすら道を歩き続けている。それでもザンザスの方が歩くのは早い。厚い雲が窓からこちらを覗き込もうとしたせいか、廊下は嫌に暗く見えた。

「きら」

名を呼んでみても彼女は反応はない。無視をしているのか、そんなに聞こえないか、とザンザスは次第に苛立っていく。今までだったらどうだってよかっただろう。この、目の前であるく婚約者の顔色が悪かろうとよかろうと。でも、顔色を確認したいと言うのは口実かもしれない。自分はもっと何か違う答えを彼女に探しているのではないか、とベイビーグリーンの蔦が足に葉を持とうしている。ああ、むず痒い。このむず痒さを無くせればいいのに。

「きら」

そのむず痒さを、苛立ちを抑えるように彼女の名前を呼んだ。彼女の名前を呼んで、腕を掴むも、きらは悲鳴を上げただけだった。

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