刻一刻と迫るクリスマスのせいか、ヴァリアー邸もどこか浮足立っていた。
談話室の暖炉側に置かれたツリーは電飾の電源を入れていないのにも関わらず輝いている。少し前までは浮いている様だったが、今ではやっとヴァリアー邸の方が馴染んできたというべきか。暖炉近くに置かれたくるみ割り人形だけが知る答えである。

来るクリスマスパーティーでザンザスと親しい姿を見せなくてはならない。きらはその事を不安に感じながらも毎日を過ごしていた。二人が親しいかどうかなどは誰にも見て取れない。ザンザスは運悪くなのか、わざとなのか、仕事ばかりが舞い込んでいた。

「ダンスの練習?いらなくね?どーせボス踊らねぇじゃん」

「まっ!ベルちゃん!そんなこと言わないで頂戴!」

「事実じゃん」

ベルはルッスーリアのお咎めなど気にしない。仰々しい程に赤く、驚くほどに緑色の体に悪そうなクッキーを齧りながら肩を竦ませてみせた。クリスマスエルフを模したクッキーらしいが彼が持っていればまるで悪魔の手下そのものである。

「別にきらだから踊らないとかじゃなくて、誰でも踊らないって」

「いいよ、落ち込んでないから・・・」

そんなことはないだろう。きらが爪先をクロスさせるが、その靴はダンスを踊ることになっても大丈夫なように、と何度も試着をを重ねては作り直した彼女だけの靴なのだ。決して涙など溢していない筈なのに、なんだかその靴の先は涙のしずくで静かに光っているように見えた。というのも、彼女の浮いた視線の先は最近、ザンザスの方を向いている事が近頃多いのだ。

これもつい先日の話になる。談話室でスクアーロとザンザスが揉めていた時、誰しもがその討論の行方を見守っていたがきらだけがぼんやりと、ザンザスを見つめていたのだ。彼は立派な暗殺者であるし、気付かない筈がないのだが、無理矢理に討論を終えてスクアーロと仕事に出て行ってしまった。

『愛くるしい目だこと』

ただ、本当に、本当に可愛いと思っただけなのだ。でもきらの否定の言葉と仕草には否定以上の感情が籠っていた。赤らめたつもりなどないのだろう、けれども確かに頬は僅かに染まり、瞳には一瞬にして涙の膜が生まれた。ザンザスに対する感情が何か新しく生まれたのだと、ルッスーリアは感じた。

『そんなことないよ!』

ルッスーリアは何度もその姿を思い出しては、そうかしら、と記憶の中の彼女に質問を投げ続けた。目の前で気にかけている彼女はベルとのお喋りに夢中だ。ベルにゲームに誘われているらしいが、ゲームをする時間などない。何せきらはまだ簡単なワルツのステップすら満足にこなせないのだから。

「きらちゃんの踊りの練習を邪魔するなら出て行きなさい!」

ぴしゃり、と注意を受けたのが面白くなかったのだろう。ベルは不満そうに口の端を曲げて談話室から出て行ってしまった。

「・・・確かに、ボスはきらちゃんじゃなくても踊らないわね」

「ね、踊らなさそうだもん。そもそもパーティーも好きじゃなさそう」

フォローをしてくれているのだ、ときらはわかった。その優しさが妙に恥ずかしくて、妙に自分が情けなく思えてならない。でもその理由はしっかりとわかっていた。おとぎ話の様な夢を見てしまった自分が恥ずかしいと思ったのだ。あの日、ボンゴレ邸でのザンザスとの会話や、役所での襲撃を受けた後の彼を思い出しては何だか特別な感情を彼から抱かれたのかもしれないと。そうだった良いのに、と期待してしまったのだ。

まだ、互いの事を殆ど知らないのに。

「きらちゃん、恋をしてるのね」

「・・・してない」

「あら、本当かしら」

「・・・してないもん」

「いらっしゃい、テソーロ」

小首をかしげてはきらを呼ぶ。彼女の瞳はたちまちルッスーリアの記憶の中のように、それ以上に涙の膜が厚くなった。宝物、と呼ばれたせいでもあるかもしれないし、彼女の心の内を見透かされた気がして情緒の壁が脆くなったのかもしれない。

「泣くのはまだ早いんじゃないかしら?」

「泣いてないもん」

「強がりなお姫様だこと、オホホ」

きらの背中を撫でるルッスーリアの手は優しい。彼はそれ以上何も言わず、追及もせずにただただきらが顔をあげるのを待つことにした。彼女とザンザスを無理矢理にくっつけたい訳でもない。まずは無事にパーティーが終われば良いの、とルッスーリアは思いながら腕の中にいる冬の国に迷い込んだ春の陽だまりを抱き締めるばかりであった。




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