採寸をされながら、ザンザスはきらの顔を思い出していた。
彼女の生涯などボンゴレ内部でとっくに調べ上げられており、ザンザスも婚姻を知らされた際にその資料は目にしていた。殆ど興味がなかった為、真面目に読む事はなかったがきらが家族に恵まれなかった、という事だけは覚えていたのだ。如何に反故にするかどうかを考えたせいで、とっくに記憶の彼方に葬ったのをザンザスは久しぶりに思い出した。

そして、最近はどうも反故にする方法を考えるのは疲れる気がしてならないのだ。

「ザンザス様は相変わらず鍛えておられますな」

職人気質であろうデザイナーの言葉に適当な相槌を打って、考え事に意識を引き戻した。
方法はいくらでもある。事故に見せかけるのも簡単だし、彼女を精神的に追い詰めてしまうのも出来る。苦痛に歪むきらを頭の中で作り上げるも、ザンザスはすぐにその作り上げたきらを消してしまう。この間だってそうだ。嘔吐していた彼女の髪の毛を引っ張り上げてみようか、と思いどんな反応をするかすぐに想像出来た。きらはきっと自分を再び恐ろしい、と思って逃げていくだろう事を。

逃げないで欲しい。踏み潰した筈の煙草が消え切っていない様に、ぼんやりとまた煙が上がり始めた。煙と言うには甘すぎるものだろう。それでも、その煙の色は多分、真珠をいろんな角度から見て、ほんのり濡れて艶がかった薄い桃色の様な色をしている。

その煙を手の中に閉じ込めて、真珠だと言って見せたら彼女は何と答えるだろうか。

「終わったのか」

「あ、採寸だけで。これからドレスを」

どうりで今朝ルッスーリアに脱ぎやすい服を、と言われていたのかとザンザスは納得した。扉続きの向こうからデザイナーとルッスーリアの会話の声が聞こえる。きらのドレスに合わせて、ザンザスのスーツの生地も選ぶのだ。彼女の向かい側に腰を下ろした拍子に靴の爪先が当たった。きらも気付いていたが自分から足を動かすのはなんだか意地悪な気がして、ザンザスが足を退かすのを待つことにした。

「・・・踊れるようになったか」

「あんまり。踊れますか?」

「それなりにな」

2人の間に流れる空気は柔らかい。冬の雨のせいで凝り固まった土が柔らかくなったのだろうか、否、きっと違う。緊張を紛らわそうと笑ったきらに対して、ザンザスが肩眉を動かしてみせた。今までなら表情を動かす事もなかったし、彼から彼女に話を振る事はなかった。暫く雨音だけが聞こえる沈黙が流れる。早くルッスーリアに呼ばれればこの沈黙から抜けれるのに、ときらは思ってしまう。ザンザスはただ窓の外をぼんやりと眺めているだけだ。何か話さなくちゃ、と沈黙にもがくも彼女は話題を見つけられない。
彼とぴったりくっついている爪先だけをじっと見つめてしまう。

「靴」

「なんだ」

「革靴、濡れちゃいますね」

「どうせ車に乗る」

頭の中で思ったつもりが、思わず口に出してしまったらしい。小さな声だったにも関わらずザンザスはその単語を拾い上げてきた。確かに、車を寄せてもらうんだしなんの問題も無い。
ルッスーリアは随分とヒートアップしているのか早口で何かを喋っている。デザイナーも譲れないのか互いに意見をぶつけ合う様子がきらとザンザスの耳に届いた。彼は呆れたように溜息を着いて目を瞑った。うたた寝でもするつもりなのだろうか。

恐る恐る、きらはザンザスの顔を観察してみた。彼が自分の視線で目を覚まさないように。きっと世間でいうハンサムという部類に入るだろう。ハンサム、という言葉で彼を十分に形容出来るかと聞かれれば、何だか物足りない気もした。額と左頬にある傷が彼にハンサム、と呼べる以上の魅力を与えているようにきらには思えた。長いとは言えないが綺麗に生え揃った睫毛は彼の瞳をしっかりと縁どるだろう。その縁どられた瞳は赤色だ。真っ赤に燃える、燃え盛らんばかりの命の色だ。遠くの宇宙で燃えていた星雲が、永遠の命を与えられてザンザスの瞳に宿っている。

その瞳が熱っぽく女性を見つめたら、もしそれが自分だったら、ときらは想像する。

『きら』

低く落ち着いた声で呼ばれ、視線をあげるようにと頬に手をおかれたら。
青みがかった静寂の中でも彼の瞳は煌々と輝くだろう。その瞳に抗う事など出来ない。きらは彼の瞳見たさに視線をあげて、きっと、


「ボス〜!きらちゃ〜ん!」

「はい!」

「あら、元気ねぇ。いいことだわ」

自分の頭の中で流れたロマンティックなシーンを掻き消す様にきらは確かに元気に返事をした。ザンザスもルッスーリアの声で目覚めた、というよりも彼女の声で目覚めた方が正しいだろう。

そして、ぱっと、離した爪先の落し物がまさか、寂しいという感情だったとは。

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