少し隠れた方が良いだろう、と殆ど使われていないような書庫にザンザスときらは隠れた。埃臭い、暫く使われていない古臭い紙の匂いがする部屋だ。役所であり市民の情報が詰まっている書類もあるだろうに、こんなにも無防備なセキュリティで良いのか、といらぬ不安を感じつつもきらは見つからないようにと静寂に息を潜めた。部屋の奥にある窓からは冬の日差しが入り込む。窓の側に置かれている紙の束たちはとっくに痛んでいるだろう。

「・・・どれくらい、待つんですか」

「ルッスーリアとレヴィ次第だ」

「あの、これって」

「まだわからない」

「え?」

ザンザスはきらの言わんとしている事をなんとなくわかっていた。度重なる襲撃に彼女は考えずにはいれなかったのだ。もしかして、自分のせいではないかと。ただ婚約者だから狙われているのではなく、ヴェントファミリーのあの青年の差し金ではないかと。不用意に彼と交流してしまった自分のせいではないかと。

「ヴェントのあのガキの話だろ」

名前を出せば彼の予想通りきらは首を恐る恐る縦に振った。扉を祈る様に見つめている彼女に対してザンザスは腕を組んだまま立ったままだ。時折外から悲鳴が聞こえ、その度にきらは肩を震わせるが勿論彼は悠然としている。

「確固たる証拠もないし、元から狙われる立場だ。可能性はいくらでもある」

「・・・でも・・・」

きらの視界が滲み始める。扉の形が歪み、崩れていく。自分のせいではないか、という自責の念が拭えないのだ。彼の言う通り暗殺部隊など恨みを買いやすいのかもしれない。彼らを狙った所偶然にも力の弱い女がいたから狙うのは十分ありえる。それでもこの間の青年の、どこかで監視をしている様な言葉に疑問を抱かずにいられないのだ。

「泣くな」

何か積もっているものがあるのだろう。心の中で抑えていた不安を口にしたせいで緊張の糸が緩んでしまった。きらは声を出しまいとしようにも、嗚咽が漏れてしまう。小さな声だ、聞こえる事はないだろうが用心するのにこしたことはない。堪え切れず大声で泣かれては困るとザンザスは思ったのだ。彼女を静かにさせようと手で口を覆ってしまうか、気絶でもさせるか、と思案する。しかしよく見てみればきらは口元に手を当てて声が漏れださないように、涙が引くようにしていた。


「落ち着け」

本当は手で口を覆ったり気絶させた方が早い。何も力のない彼女を抱えて逃げるのは幾ばくか面倒なのも事実だ。

「こっちを見ろ」

そう言ってもきらは頭を左右に振るばかりだ。声が漏れないようにしているらしいがどうにも堪え切れない様子が伺える。ザンザスは苛立ち、きらの腕を掴んで自身の方に無理矢理向かせた。否応なしに彼の顔を見ざるえないきらは、指の腹で涙を拭いながらザンザスの方へ視線を向ける。涙越しに見えるのは赤く燃える瞳だ。涙で揺れているせいで、彼の瞳の中には炎が泳いでいるようだ。永遠に消える事のない、恒星のような炎だ。気まずく視線を下ろせばザンザスの頬の上の部分がぴくり、と動いた。

「俺の目を見ろ」

また首を横に振る。ザンザスとの空気が柔らかくなったとはいえ、泣き顔を見られるのが平気な人間はそう多くないだろう。

「きら」

でも、彼女もよくわからなくなっていた。幾度も揉めて、頑なな態度を取られたのにどうして、この男が自分を宥めるような声音で呼ぶのか。
泣き声で敵にばれてはまずい、というもの以上の物をきらは感じていた。それが本当かどうかもわからない。彼女の勘違いかもしれないが、こんな古びた重い書庫の中、冬の透き通るような日差しに包まれれば信じたくなってしまうだろう。

わからない、わからない。

「まだ泣くな、今は堪えろ」

喉の焼けるような痛みを飲み込むように、きらは素直にザンザスの言葉に頷いた。掴まれている腕に力強さなどない。空いている方の手で、指の腹で涙を拭い。鼻をすする。ぱちぱちと何度か瞬きをすれば涙は出てこなくなった。

「それでいい」

そう言って腕を開放されるのかと思ったが、手を繋ぐようにしてザンザスはきらの手首を掴んだままである。

触れられるのが恐ろしい筈なのに彼に守られている気がした。

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