きらとルッスーリアによって今年のヴァリアー邸はクリスマスの鮮やかさが添えられ、いささか賑やかさを醸し出していた。
どうにもこうにも煮え切らないザンザスと婚約者のきらの存在にルッスーリアはやきもきしていたが、いや、煮え切るも何も彼らには何の進展がない。なので、彼らがどうにか会話する機会を設けようと、別々に取っていた夕食を一緒に取らせたりとするも効果はあまりなかった。

ヴァリアーの活動はリング戦に敗北を喫してから随分と縮小されてきた。日陰を歩まされ、反乱をまた一たび起こされないようにと、厳重な監視下におかれているのだ。徐々に緩めつつある今だが、ザンザスがきらとの婚姻に色よい展開を見せなければどうなのるのだろうか、とルッスーリアは不安になるも、こんなのあんまりだわ、と思う自分もいた。

「ルッスーリア?」

「あらやだ、考え事しちゃったわ。さ、この書類を持っていってらっしゃい」

きらに渡した書類にはイタリアで暮らす為の手続き関連の書類である。本来なら幾度も幾度も役所に足を運ばねばならないのだが、9代目の粋な計らいのおかげで今日の1回だけで終了だ。
外には幾人か並んでいるもきらは目の前の眼鏡をかけた老紳士に言われた通りに、フルネームで署名すれば終わりである。薄水色のボールペンで、久しぶりに彼女は自身の名前を苗字まで書いた。書類に不備がないか、虚偽の申告でもしているのを疑うように係りの人間は見ている。ルッスーリアもきらもなんともない時間だと思っているが、ザンザスだけが違った。そわそわするのだ。不快な騒ぎを感じ、そわそわとした感覚が苛立ちへと変わっていく。


「   」

聞いた事があるような、ないような言葉だった。ザンザスの眼差しには苛立ちが込められている。きらは彼が何を言ったのかわからない。けれども、係りの者が慌て始め、作業が速くなったのを見て急げ、と言ったのだと理解した。
手早く渡された控えをルッスーリアが受け取り大切そうに鞄に仕舞い、しっかりと脇に抱え込んだ。不思議な苛立ちを感じていたのはザンザスだけではない。

「後ろに立つ男って嫌いなのよね」

きらがルッスーリアの言葉に振り向くよりも早く、彼の黒に近い紺色のスキニーパンツに包まれた脚が後ろへと弧を描くようにして回った。振り返った頃には知らぬ男が痛みに喘ぐ声を漏らしていた。

「こっちにこい」

説明されなくとも事情はきらも理解出来た。のどかな昼下がり、今週で最も天気が良いらしいのが憎い。ザンザスは彼女の腕を乱暴に引っ張り建物の外へ駆け出した。このまま走り抜けてレヴィが控えている車に逃げ込めば良いだけだ、と頭の中で予想を立てるもその予想は惜しくもすんなりいかない。

「きゃあ!!!」

きらを抱えて走るのが正解だっただろう。彼女はどこからともなく現れた先ほどの仲間と思われる男に腕を掴まれて脇道に引きずり込まれてしまった。いよいよ混乱が体を飲み込み始める。男はきらの手を掴んだまま利き手を胸ポケットへと手を差し込んだ。人質にでもするつもりか、彼女の腕を何度も強く引っ張る。それでもきらは負けまいと踏ん張った。勿論男の力に勝てる筈もなくずるり、とその度に少しずつ引かれていく。

「この女!」

男は苛立ち、きらを転ばせてでも自分の側に寄せようと腕をより強く引っ張った。自分の心臓の音、男に引きずられる感覚、目は飛び出してしまうのではないかと思うくらいに見開かれている。男の動きを漏らさずに捉えるつもりなのだ。けれどもそんなきらの時間はぴたりと止まる。銃口が向けられ、命を確かに握りしめられる音がした。

「舐めてんのか」

「は、なんで、ザンザ」

ザンザスにとって男の動きはあまりも遅すぎる。きらに向けた筈の銃口はいつの間にか男自身の顎の下に当てがわれ、銃弾が貫いていた。抵抗する間も無く、ザンザスの名前を言い切れる事もなく、男の口は魂もろとも奪われてしまったのだ。力なく頽れ落ち、鮮血が男のシャツを濡らしていく。ザンザスは男の拳銃を汚らわしいと言わんばかりにその上に投げ捨てた。


「立て」

「あ、はい」

別にこういう事を見るのは初めてではない。大きな拍動がきらの聴覚を邪魔するが、どうにか答え立ち上がろうとする。しかし立ち上がれない。男の腕が離れた拍子に尻餅を着いてしまったのだが、どうにも腰から下に力が入らないのだ。ザンザスは見かねたように舌打ちをしてから、きらを担ぐ事にした。

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