浮かれている、と言わんばかりにザンザスは不機嫌そうだった。
きらに先ほど言い返されたのが気に食わなければ、こんなクリスマスソングの流れる浮かれたカフェに入りたくなかったのだ。といのもせっかくだし、とスクアーロが少し人の多い街へと車を向けたのが始まりである。

上座に座って居るのは眉間に深く皺を刻んだままのザンザスと、頬杖を付きながらそっぽを向いているきらだ。ザンザスと会話したくないからそっぽを向いているのだろうか。

「怒ってんのかぁ?」

「え、いや、違うよ」

怒ってない、と言えば嘘になるかもしれない。まだ気持ちはむかむかとしている。隣で不満そうに座ったままのザンザスは何も言わない。きらがどんな様子かを感じようとせずにスクアーロの背中越しに見える扉をじっと睨みつけたままだ。

「クリスマスツリー見てたの」

きらの指さす方向を見遣れば2メートル程のツリーがあった。これは嘘ではない。オーナメントは年季の入ったものばかりだが、店のオーナーが昔から大事にしてきた様子が伺える。決して可視化出来る筈がないのに、きらには飾られたオーナメント達がふくふくと健康そうに見えたのだ。ぼんやりと眺めていると何となく嫌な気持ちを忘れる気がしてならない。

「今年も終わりだな。イタリアは慣れたか?」

「最初よりかはね」

冬らしい、ブラウンがかった唇が緩やかな月を描く。一般人だったのに突然裏社会に投げ込まれたきらの事をスクアーロは気にかけていた。運ばれてきたスフォリアテッラはパイ生地を何層も重ねているせいで、貝殻のように見える。本当はこの時期に並ぶというパンドーロにするか迷ったのだがルッスーリアが作ってくれると言うのを思い出し、目の前に来たパイのお菓子を満足気に見つめた。スクアーロはチョコレートタルトを選んだが、ザンザスはエスプレッソだけだ。

「クリスマスツリー、飾り終わってないだろ」

「談話室の?」

「ルッスーリアがお前と飾りの続きしたがってたからなぁ」

「・・・そうだったかも・・・」

スクアーロはチョコレートタルトに添えられた生クリームを、女王様のドレスのフリルのようにもったりとしながらも軽やかそうな生クリームを口入れる。かくいう談話室のクリスマスツリーは飾り付けの途中だったのだ。というのも、作業中にやってきたベルとマーモンが大喧嘩を始めてそれどころではなくなってしまった。

「今日はあいつらがいないからゆっくりやったらどうだ」

「楽しそう」

優しい男だ、ときらは思った。なんとなく沈んでいた気持ちをうまいこと上向きにさせてくれるのだ。確かに、ツリーは飾りつけの途中だったし、ルッスーリアとの約束も果たせていない。互いにどうにも予定がつかなかったし、気持ちが向かなかったのだ。でも、ツリーとルッスーリアが待っている、と思うと彼女の気持ちは幾ばくか軽くなった。
ボンゴレ本部で得た不穏な空気を持ち越したままのザンザスと浮足立ったきらに驚きながらもルッスーリアは3人の帰宅を喜んで迎え入れた。

そして、日が暮れる頃には談話室の暖炉に靴下が吊り下げされていた。
テーブルの上に置きっぱなしにしてしまった新聞を取るべく、再び談話室を訪れたザンザスが見つけたのである。暖炉の火は小さく燃え、緩やかに靴下を照らし、目の前に立つきらの表情さえも柔らかく照らしていた。暖炉の柔らかな火のせいなのか、瞳が潤んでいるようにザンザスには見えてしまう。薪の爆ぜる音、揺れる炎、照らされる靴下は5足以上もあり、一際小さなものがマーモンの為で、実はヴァリアーの幹部全員分飾ったと知るのはまだ後の事だ。

「何してる」

話しかけるつもりなどなかった。なかったのに、ザンザスは声を掛けずにいられなかった。満ち足りたように暖炉を見つめる婚約者の瞳は炎をじっと見つめたまま、顔をこちらにも向けず答える。

「見てるの、靴下。サンタさんが来るかもしれないでしょ」

よくよく見れば靴下以外にも暖炉を象るように青々としたモミの飾りが置かれている。小さなランプも巻き付けられて暖炉の炎とよく似合っているし、その上にはリースもあった。随分飾り付けたものだ、とザンザスは思うがそれ以上の感想は彼の中に何も浮かばない。

「そんなに好きか」

「・・・幸せそうでしょ、誰しもが。誰もが、お互いの幸せを願ってるように見えるでしょ」

彼女の言う幸せそうなクリスマスの飾りは目の前にあるのに、手を胸に置きながら話すきらはどこか寂しそうだ。ぼんやりと、叶う事のなかった夢を話しているようにも見える。涙が零れ落ちてしまうぐらいに瞳は潤んでいるが決して涙が零れる訳ではない。炎のせいで潤んで見えるだけだろう。その瞳の底には今、何が泳いでいるのだろうか。ザンザスの中でうずうずとした気持ちが芽生え始める。

「きら」

薪が一際大きく爆ぜた。名を呼ばれるにはあまり聞き慣れない声である。はっとして声の方を振り向けば、ザンザスが居た。きらはまさか自分がザンザスに喋っていたとは思いもせず動揺し顔を反らしてしまう。穏やかに脈を打っていた拍動が速くなり、胸に置いた手に力を込めた。
ザンザスの瞳には昼間に見た苛立ちや敵意などがなく、こちらの様子を伺うようなのだ。そんな風に見られた事がなかったきらは理解が追い付かない。あの、自分に酷い事をしてきた彼がこんな風に人を見遣れるのか、と。

「きら、こっちを向け」

有無を言わさないザンザスの声音に彼女は思わず反応してしまう。光を殆ど落としていても彼の顔をはっきりと認識できるのは暖炉のせいだ。赤い瞳はサンタクロースの赤とは違う。もっと深く透き通るような、見る者の時を止める様な赤なのだ。持ち主の方を向くも彼は何も話さない。ただ流れゆく沈黙に身を委ねたまま、きらはザンザスの瞳を見つめる。ザンザスも何も言わず、彼女を見つめるばかりだ。けれども、きらは彼の視線に堪えれない。全てを見抜くような眼差しなのだ。

目を反らそうと少し顔を俯かせた時、きらの髪が顔に掛かる。おかげで僅かにザンザスを視界から追い出せたがどうも許されないらしい。
彼の手が伸びてきて、そっと髪を耳にかけられてしまった。触れればすぐに溶けてしまう雪を溶かさないように、静かで優しい手つきだ。

「早く寝ろ」

ザンザスはそう言って談話室を出ていったが、きらは暫くソファーに腰かけ呆然としてしまった。


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