「あなたの婚約者だから狙われたという事ですか?」

「ああ、そうだ。不用心にほっつき歩いてみろ。今まで起きた事を忘れたのか」


ザンザスは酷く苛立っているのか、右掌を上に見せるようにして辺りを指しては乱暴にその手を下した。きらの頬はみるみる怒りで赤くなっていく。先ほどの恐怖で凍り付いた睫毛の先などとっくに彼女の体温で溶けただろう。

「私にあなたの婚約者らしく振舞えというんですね?」

「同じ事を言わせるな」

車で控えていたスクアーロが玄関先で揉めている2人を心配し運転席から出てくる。
ザンザスの眉間には皺が深く刻まれ、きらをねじ伏せんばかりに睨みつけていた。あの2人の事だ、ここで殴り合いでもされたらたまったもんじゃない、とスクアーロは腕を組んで2人を見守るばかりだ。

「じゃああなたも婚約者がいる身として、ご自身の振る舞いを見直してください」

「何が言いたい」

ザンザスの声がより低く、怒気が含まれる。周囲に漂う空気に緊張感が走り彼の足回りからきらの方には炎がちらついているかもしれない。その炎に飲み込まれれば彼女はまたあの日と同じようになってしまう。

「懇親の場で他の女の人と深い仲を思わせる行動は取らないで!抱き着かれたり、キスされたりね」

ぶふ、とスクアーロの笑い声が零れた。ザンザスは苛立たし気にスクアーロの方へ首を回し睨みつけるも、殴られる事など恐れていない彼は笑いを止めれない。
怒ったままのザンザスと笑うスクアーロにきらは自身の発言がおかしかったのか、と戸惑ったが自分ばかり責められるのは癪だった。彼の婚約者でいる事で危険があるのは理解出来る。それでも、自分だけが婚約者として大人しくせねばならない、というのは理解できないのだ。
きらの言葉に怒りを覚えたザンザスだったが、確かに彼女の言っている事に思い当たる節はある。とはいってもこの小娘に言われる筋合いは無いと慢心した。
それよりもこんなにも自分に挑んでくる女だったかとザンザスは疑問に思う。
元来の性格なのか、こちらに来てからこうなったのか。言葉を返せないまま彼は深い溜息と共に車に乗り込んだ。

「しっかりした婚約者だぁ」

きらは口をへの字に曲げて首を横に振る。
ザンザスと行動をよくしていたスクアーロは幾度か女との喧嘩は見ていた。宿泊先のホテルに乗り込んでくる女もいれば、貸し切っていた筈のレストランにやってきては、ザンザスに文句を言う女も記憶にある。真剣な関係であった女もいたかもしれない。勿論それはその女にとってであって、ザンザスにとってはあまりそうではなかった。
どんなに言われようとも、たとえ自分が悪かろうとも彼は毅然とした態度で女達を追い返しては、新しい女を得ていた。それがスクアーロの知るザンザスの姿である。

「ボスさんを驚かせたなぁ」

「自分だけは良いってあんまりじゃない?」

大聖堂の近くでの事件は確かにきらが約束を守らずに走り出した事によって起きた。あの時にスクアーロなりベルが彼女を捕まえれていれば問題を引き起こさずに済んだだろう。彼女だけを責めれる訳ではない。だから、この世界を、マフィアを取り巻く環境を知らぬ彼女の無垢な振舞を無くすことで敵対する人間からの攻撃を避けれるなら、とザンザスはマフィアの世界の婚約者らしくしろ、という意味できらに忠告をしたのだ。
しかしそれがまさか、その彼女にああやって切り替えされてしまとは。これはザンザスにとって不測の事態であった。長年一緒にいるスクアーロも言い返されて閉口している彼を見たのは初めてである。


「そうだなぁ、あんまりだな」

スクアーロはきらの言葉に楽しそうに笑った。後部座席の扉を開ければ今にも誰か殴りかねない程に苛立っているザンザスが足を組んで座って居る。妙にひりひりした空気を抱えながら車が走り出し、ラジオでもとスクアーロがハンドル横のボタンを押した。
クリスマスの訪れを告げる軽快なクリスマスソングが流れてくる。きらが嬉しそうな顔をしたのをスクアーロはバックミラーから捉えたが、ザンザスの一言で車内には天気予報が流れてしまった。

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