「ルッスーリア、いいか」

穏やかな抱擁に終わりを知らせたのは緊張を孕んだザンザスの声であった。
開け放されたきらの部屋の外に立ち、自身の部下が出てくるのを待っている。
涙で濡れた視界越しに目が合うもルッスーリアによってその視線を切られてしまった。きらは気付く事はなかったが、ザンザスが彼女に向けていた眼差しには侮蔑の感情も、嫌悪の感情も何もなかった。ただ、泣いている彼女の肌に触れるような眼差しであった。

訪れる賑やかな冬の気配にザンザスはそわそわとしていた。
そわそわ、と言うには少し語弊があるかもしれない。胸の底がざわつくような、居心地のあまり良くない感覚が彼の体の中を這いずり回っているのだ。ぼんやりと灰色がかった空も、分厚い雲も、その薄暗さを払おうとするクリスマスの飾り付け、それに釣られて浮足立つ街中。心気味の良いものではなかった。泣き顔を昨日見られたのが気まずいのか言葉数少ない婚約者、きらとザンザスは9代目の城、ボンゴレ本部にいる。相変わらずお茶会という名前の彼らの様子伺いの日なのだ。

「きらさん、お久しぶりですね」

2時間ばかりの空気の硬いお茶会を終え、手洗いをでた彼女に声を掛けたのはヴェントファミリーの青年であった。

「あ、お久しぶりです」

「手紙が出せなくてすみません、忙しくて」

帽子を取って柔和な笑顔で話しかけてくる彼はとても人懐っこそうだ。確かに手紙はぱったりと来なくなった。同盟ファミリーの彼もボンゴレ本部には用があるのだろう、重厚そうな鞄を大事に抱えている。

「そのお洋服、お好きなんですね」

「これ?」

「この間も着ていましたよね、大聖堂の近くで。途中でザンザスと合流してましたもんね」

自分の記憶とすり合わせる様な言い方ではない。はっきりと断言するような言い方だ。まるでその場にいたかのように、こちらの否定を許さない言い方である。

「もしかして居たんですか?」

きらの問いかけに青年は微笑む。睫毛の先が凍り付くような感覚が彼女を襲った。
彼がいてもおかしくない気はする。だとしたらどうしてこんな風にこちらの行動を確信をもって言い当てる様な言い方をするのだろうか。ザンザスと合流した時は2人っきりだったし、その事実を知っている事にきらは違和感を覚えてもおかしくないだろう。

「ザンザスとはどうですか?上手くやれそうですか?」

「・・・なんで?」

「心配しているんですよ、あなたの事を。あなたは可哀想な人だ。他人の持ち込んだ感情のせいで人生を混ぜこぜにされている」

青年は傷一つない、綺麗な人差し指を上に向け渦を描いた。不躾に裸を見られたような、辱めを受けている様な気持ちにきらはなっていく。この青年は一体何を知っているのだろうか。

「私、行かないと。人を待たせているから」

「大丈夫ですよ、僕と一緒なら」

立ち去ろうとするきらの手首を青年は掴んだ。この場を離れる事を許さない、と言わんばかりの力である。息をのんで青年の顔を見返すも青年は笑顔のまま何も言わない。
視界にちかちかと小さな光が飛び散る。片頭痛を知らせる光なのかもしれないのに、大聖堂の近くで見た小さな光を思い出してしまい、彼女の世界はどんどん歪んでいった。

「聞かせてください、ザンザスとあなたのこと」

しつこい男である。これを拒めば自分に危害が及ぶのかもしれないと思ってしまう程に青年は鬼気迫っていた。笑顔を浮かべながらもその下に泳いでいるものは心穏やかだとは言えないだろう。一体ザンザスと自分になんの興味があるのか。彼の素知らぬ執念がきらに恐怖を与え、睫毛は真っ白に凍っていってしまいそうだ。


「手を離せ」

「ああ、ザンザス」

自身の求めてやまない男が現れた瞬間、青年は手をすぐに解放した。ザンザスに対して異様に固執している癖に本人を前にしては饒舌に振舞えないようだ。
ザンザスはきらの腕を引っ張り、青年と彼女の間に立ちはだかるようにしている。

「ヴェントの人間がなんの用だ」

「用も何も、同盟ファミリーへの報告ですよ。またお会いしましょう。きらさん、風邪をひかないでね」

しつこさなどどこにもないただの人の良さそうな青年ではあるが、どことなくザンザスを警戒してるような、彼を避けるような態度であった。
青年がいなくなった後のあたりは、蛇の腹の跡が残っている気がして居心地が悪い。
きらはぞわぞわする感覚に目を擦る。ちかちかとする光を払うように、凍った睫毛の先をとかすように。


「・・・お前は自分の立場をわかってんのか」



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