「まあ、そうなの」

ルッスーリアは異国からやってきたきらをまじまじと見つめた。

『ザンザス、さんと話したの』

穏やかな冬のお昼前、寒くも空は澄み渡り白銀に輝く太陽が彼女の部屋に差し込んでいた。
パーティーに向けてそれらしき服はあるのか、とルッスーリアと衣服の片づけをして30分経った頃にきらは教えてくれたのだ。縮まらない距離を心配してルッスーリアが彼女に落ち込む必要はないのよ、ボスってねと色々話したばかりだった。だから、ルッスーリアはまさか、そんな展開があっただなんてと嬉しくなった。

「お互いの事何も知らない、って話しただけなんだけどね」

ぬか喜びした、とは言わない。あのザンザスがいつの間にか彼女と打ち解ける筈がない。想像以上に自分はきらに期待している、と思ったが彼女の顔色は少し良さそうだ。

「ボス、何て言ってたの?」

「そうだなって」

「怖くなかった?」

「・・・少しだけ。でも、初めて目があったの。怒ってるときは瞳の底が濁ってるみたいだったけど、はっきりと瞳の底が見えるくらいに透き通ってて綺麗な色だった」

きらは人差し指と親指で作った丸を目に見立ててルッスーリアに説明する。
学校であった嬉しかった事を話す子供の様にきらの瞳はきらきらと輝いており、思わずベルにその瞳をくり出して頂戴、と言いたくなってしまった。でも、痛がる彼女を見るのは嫌だわ、と心の底に沸いた薄赤い欲望を抑えて微笑んだ。

「良かった、きらちゃんに危害がなくて。ボスも向き合ってくれたのね」

キャリーケースに入れっぱなしだった本格的な冬用のセーターを出しながらきらは聞き返した。実際の所、彼女はザンザスの気持ちがいまいちわからない。忌み嫌っているかのように酷い事をしてきたり、この間は街中で取り乱していた自分を宥めてくれた。事実、一昨日は談話室で言い争いになる事もなく会話が出来た。

「そうなのかな、そうだといいんだけど」

互いに互いを知らない、と認識し合った後にきらは思わず逃げるように談話室から出ていってしまった。あのままあの部屋にいて、ザンザスと視線を合わせて居たら自分の奥底を覗かれてしまいそうな気がして怖くなったのだ。射抜くような、肌の下に流れるものを見定めるような鋭い目である。

「ボスも頑固な所があるからね、ゆっくりでいいのよ。でも!ダンスの練習は忘れないでちょうだい!」

小指を立てながら言うルッスーリアにきらは思わず吹き出してしまう。ザンザスの父親である9代目に告げられたパーティーはあと少しでやってくる。ナターレを、クリスマスを祝う同盟ファミリーを呼んだ大層立派なパーティーらしい。仲睦まじい姿を見せれる、と自信を持って言えないし、ザンザスと踊れるかどうかも危うい。こんな関係だ。それでも、教養として簡単なワルツを踊る練習がきらの勉強に組み込まれた。

「あらかわいい赤ちゃんだこと」

「それ!わたし」

「んまあ!じゃあ隣にいるのは・・・」

「お母さん」

大雑把な婚約者ね、とルッスーリアは思いながら服の間に織り込まれていた本を取り出した。その拍子に零れたのがこの写真である。生後半年にもならないまだまだ幼いきらと、宝物を抱えるように抱き締めているのは彼女の母親だ。誰がとったかはわからないが、彼女の手元に残る唯一の写真だという。

「きらちゃんはお母さん似ね」

「どうだろう」

母親との思い出は殆どない。物心がつく前に病で母を亡くし、それからは父親と義母と生活をしていたが思い出すには温度の無さすぎる日々だとルッスーリアに語った。

「あったかい家じゃなかった。義母だって父親の長年の愛人だったらしいし、義母は私の事好きじゃなかったし、私も好きじゃなかった」

「今はどんな気持ち?」

「・・・ちょっとすっきりしてる。ずっと気持ちを抑えるように過ごしてたから」


きらは遠い先にある地平線をみるように、過ぎ去った日々を写真越しに思い浮かべている様だった。ちらり、と横目で彼女を見遣れば瞳の淵には涙が溜まっていた。やはり何か堪えきれないものがあるのだろうか。

「ねえ、幼い自分に語り掛けれるならきらちゃんはなんて語り掛ける?」

「どういうこと?」

「この写真にいるきらちゃんによ」

僅かにほんのわずかに色あせた写真に写る自分を彼女は見つめた。丸くて柔らかくてこの世の幸福だけを集めたような笑顔を浮かべている。母親との思い出は殆どない。それでも、この写真から見る限り母親はとても幸せそうだ。

「・・・難しい日々が待ってる。どんなに努力をしても、誰にも見てもらえない気持ちになる日々が待ってる」

ぽたり、と瞳の淵から涙が零れる。声は震えていないが、幼い自分はとっくに成長して今、イタリアにいるのにまるでこれからの運命を告げる気持ちになった。
これから起きる、暗く悲しい日々を、この丸くて柔らかな赤子を待ち受けている日々を。写真に写っているのは自分の筈なのにきらは酷く悲しくなった。

「悲しくて、自分がいけないんだと、何度も思ってしまう。婚約者も勝手に決められて、父親の居場所もわからない。気持ちの整理の仕方もまだよくわからない。・・・でもどれもあなたのせいじゃない。嵐の渦の中に投げ込まれたのに、あなたは、今、イタリアでお腹いっぱいピザを食べて、新しい友達と、笑いながらどうにか前に進んでる。・・・だから、どうか、自分を責めないで」

写真をルッスーリアが持ってくれてて良かった、ときらは思った。
大粒の涙がさらさらと零れて拭っても拭っても零れるのだ。眉頭を寄せて、鼻を啜る。

「そうよ、懸命に足を前に進めたのは紛れもないあなたのよ、きらちゃん。
いいの、まだ過去と向き合えなくたって。振り返るにはまだ寒すぎる時もあるの。顔を上げるのにも苦しい日々を歩いて抜けたのはあなたよ。私がいけない、と言って自分を責めないで」

ルッスーリアの言葉にきらは顔をぐしゃぐしゃにして泣き始めた。彼女の写真をベッドのサイドテーブルに置いて、抱き締める。彼女は孤独ではないと言う事、今いる場所が、今の状況が苦しくても自分は確かに、彼女の味方だと知らせたくてルッスーリアはきらが泣き止むまで抱き締めていた。






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