大聖堂が街を見下ろしている。その頂にいるのは聖人だろうか。
もし、そうでないとしたら今にこやかに観光を楽しんでいる人々は不安な気持ちになるかもしれない。大聖堂なのに、誰がこの街を、人々を加護しているというのだろう。そして、きらを守ってくれるものは誰もいない。
濃霧に取り囲まれ、路地を抜けようにも抜けれない。彼女の周囲に集まっては黄色く輝く光がよりきらを不安にさせた。世界が逆さまに見えているどころではない。
苦しそうに目を細め、歩くのも恐ろしいがきらは懸命に足を前へと進めた。一体どちらが前で後ろかもうわからない。それでも、離れた場所に戻ろうとしているのだ。小さな光がきらの後を追いかけるようにして列を成す。さながら蛍の行進だが、実際の所彼女には異形の物にしか見えなかった。


「いやなんだよこれ、きらがやべぇじゃん」

「マーモンが居たら楽だったなぁ」

そういうスクアーロはどこか楽観的だ。幻術を見せられているのはどうやらヴァリアーである彼らとザンザスの婚約者のきらだけであった。どこかのファミリーからの挑戦状なのかもしれない。待ちゆく人々となんらかわらないように歩きながらもスクアーロの瞳の動きは獲物を探す獣と同じである。ベルはホイップがふんだんに乗せられたアイスチョコレートを飲みながら彼の横を歩いた。


「てかこの光うざくね?」

小さく黄色に輝く光が、一瞬にして消えていった。まるでベルの声が聞こえているようだ。ぐるり、と来た道を見返すようにスクアーロは後ろへと向く。

「間抜けな術者らしいな」

きっと今頃術者は慌てているかもしれない。
直接聞こえている筈のない獅子の足音が聞こえてきたのだ。小さな黄色い光はその獅子の瞳の前に躍り出るも獅子は特に気にしていないようだった。自身の思いつくままに濃霧の立ち込める路地に入り込み、奥へと進んだ。頭に無数の蛇を抱えた男の遺体に目もくれず、光の後を追いかけるのみだ。

そして、その光の先にいたのは手を握りしめて途方にくれている女だった。

「なんで、ここにいるの」

きらは呆然とした。単独で任務に出た筈のザンザスが居たのだ。黒に近い灰色のチェスターコートは白い濃霧の中にもはっきりとしており、彼の存在感や威厳の強さを体現しているように見せている。

「お前一人だけなのか」

ザンザスの問いかけにきらは答えない。現状に混乱している彼女に対して、彼はこの幻術に合点がいったようできらの方へと歩み寄った。ザンザスに恐怖心を抱いているきらは今にも泣き出したい気持ちを堪えながら逃げようと踵を返した。別に彼女の事を殺めようとしている訳ではないのに、今のきらにはザンザスがどうしようもなく恐ろしく自分の味方だとは思えなかったのだ。

「逃げるな」

体格差のせいだろう、長い腕に捉われてしまう。

「いやっ!」

「静かにしろ」

ザンザスと向き合うように促され、きらは手首に力を籠めるが当然敵う筈がない。
混乱している。実際には見えないものに惑わされ現実を見失っている。このままパニックに陥れば彼女は助からないだろう。たとえ助かったとしても、面倒な事件に巻き込まれるな、とザンザスは冷静に考えた。

「何が見える」

「・・・何が・・・?」

「濃霧と蛇を頭に抱えた男以外で何が見えて、どうなってるんだ」


「・・・壁が大きくて、冷たくて、雨が降っていて、カラスが頭の上を飛んでいて、黒くてぬるりとしているの。だから手が汚くなっちゃって、それで、ここから出られないの」

ちかちかと黄色く輝く光が点滅し始める。
彼女の見えているものは確かに自分にも見えているが、現実ではない事をザンザスは理解していた。

「ここから出られないならどうして俺はここにいる?
それに、お前の手が汚れているようには見えない」

恐怖のせいかきらの手は冷たい。
壁に触れて手が黒く汚れたというのだろうか、ザンザスは彼女に手に触れてみるが当然黒く汚れる事はなかった。

「黒く見えるか?」

ザンザスの手をきらはまじまじと見つめては、自身の手と見比べる。

「本当に黒く、冷たいのか?雨が降っているというが俺の服はどこも濡れていない」

ほら、と言わんばかりにザンザスはきらの手を引っ張り、コートの上に手を滑らせた。確かに濡れていない。ぱちぱちと瞬きをさせてからきらは周囲をきょろきょろと見渡す。いつの間にか降り出していたと思っていた雨だったが、どうしてザンザスは雨に打たれていないのだろう、と。おかしい。疑念の表情を顔に浮かべながら、自身の服を触りだした。どこも濡れていない。それに、彼女の手が滑った彼のコートの袖の部分は全く汚れていないのだ。

「・・・私は何を見てるの?」

ぱちり、と目が覚めた気がした。雨はどこにも降っていなければ雨音も聞こえない。
現に、ザンザスの背中越しに見える路地の入口の方で傘をさしている人間はいないし、なんなら曇り空から天気は回復しているようだ。
周囲にちらついていた小さな黄色い輝きは濃霧に吸い込まれていく。黄色い輝きを取り込んだ濃霧は壁を伝い、緞帳を引き上げるようにして空へと消えていってしまった。


そしてザンザスは腰のあたりで両手を左右に広げ掌を上へ向けてみせ、呆れたように言うのだ。

「愚か者の安い幻覚だ」


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