The witch loves spreading love.



「貴様は幾年も先、愚か者のままでいるつもりか!!!」

ザンザスは苛立っていた。なまえと些細な事で喧嘩してしまっただけでなく、目の前に現れた魔女だという化粧の厚い女に突然説教されたからだ。少年の頃に屋敷で見た不可思議な女と似た様な髪の毛をしていたが、記憶はもう定かではない。

「なんなんだてめぇは」

「お前にかける最初で最後の、と言ったが撤回する。
愛する女からの愛の言葉を受け取れない限り貴様は子犬だ!
これ以上他人を傷つけ愛を確かめるな!!」

魔女が大きく両腕を振り上げる。紫色の大理石の爪は長く鋭い。煙と共にジギタリスが辺り一面に散らばり、ザンザスは不覚にも身動きが取れない。炎を出してこの気狂いの女を、と思ったがどうにも動けない。魔女が人差し指でザンザスを指して何かぶつぶつと言っている。ギリシャ語にも聞こえるが聞き覚えのない言葉だった。
煙がザンザスの体に纏わりつき、ジギタリスがとめどなく空から降ってくる。

「緋色の獣にしてやらなかっただけ感謝しろ!」

そう言って魔女はミズレンブ色の唇を大きく横に裂いて高らかに笑い消えていった。
あの女、かっ消してやる!と思い声を出したザンザスだったが、おかしい。声がでないのだ。

「なんだぁ、この犬はぁ」

それどころかいつも殴っている部下に首根っこを掴まれている。
じたばたとするもザンザスの声なぞ、この銀髪の青年にとってはただの犬の鳴き声である。

「そういう持ち方しないで!」

後ろからやってきたなまえに乱暴に奪われ、ザンザスは悪態をつく。

「スクアーロがそういう持ち方するから、怒ってるじゃん!」

なまえはぐるる、とうなり声をあげるザンザスを優しく撫で落ち着かせる。
どこから来たって良いじゃない、ねー、と言って談話室へと抱っこされたままザンザスは連れていかれた。
連れていかれた談話室には暖炉が既に灯されており、ルッスーリアがハーブティを飲みながらくつろいでいる。

「まっ!可愛いワンちゃんね〜」

「迷い込んじゃったみたい」

歩きなれた絨毯の上に降ろされたザンザスは逃げる様に部屋の中を駆け回った。
一刻もこの部屋を出て、まだ屋敷の中にいるかもしれない魔女を捕まえようと思っているのだ。やけに視界が低い気がしたがきっと魔女のふざけた魔法のせいだ、とザンザスは扉まで走った。そして、走って、扉近くに置いてある鏡付きの棚をみて愕然とした。
目の前に映っているのは人間ではない。犬だ。あの魔女が言った通り、子犬になっていたのだ。

「おほほ、元気な子犬だこと」

あのクソアマ!と叫んだつもりがルッスーリアとなまえには可愛らしい子犬の鳴き声にしか聞こえなかった。

「あの犬、ザンザスみたいじゃない?」

「あらぁ?どこが?」

「瞳も赤色でしょ、毛も黒いし。おでこに傷跡があるからきっと強い犬なのね」

ザンザスみたいではない。ザンザスなのだ。ザンザスは腹が立ち、床に落ちているクッションに噛みつき食いちぎろうとする。

「わわ、それは駄目だよ」

なまえはクッションを引っ張る。ザンザスも負けじと引っ張るがルッスーリアに貸してごらんなさい、と言われてしまえば子犬の彼が敵う筈もない。ころり、と絨毯の上に転がされてしまったザンザスは歯を見せて唸るばかりだ。

「・・・ボスと仲直りできそう?」

「勿論出来るよ」

子犬であるザンザスの小さな宝石の様に輝く瞳を見つめながらなまえは笑って言った。
その喧嘩相手であるザンザスがまさか子犬になったとは誰も夢には思わないだろう。

「ザンザスは人の話を聞いてくれるの。聞いてくれるんだけど、ちょっと我儘なのね。
きっと不安なの。ねぇ、あなたもここにきてびっくりしたでしょ」

なまえの優しい手がザンザスの頭をなでる。むき出しにしていた歯とっくに殆ど仕舞われてしまった。

「言葉数が少なくて、不器用な時もあるけど私の事を大事にしてくれてるの。
私は短絡的だから彼はそこが不満なんでしょうね。彼はいつだって私の意志を尊重してくれるし、私の事を従えようなんてしない人よ」

「ボスは愛されてるわね」

「私の方が愛されてるわよ、彼に」

なまえは嬉しそうに微笑む。頬には幸福の薄薔薇色が咲いており、ザンザスは彼女にこうして自身を褒められくすぐったい気持ちになった。そして自分はまだまだ愛を受け取れるのに慣れていないのだと考える。気付けば今やなまえの膝の上に乗せられて今にも寝てしまいそうだ。
思い返せば、なまえはいつだって嬉しそうだった。初めて出会った時、彼女が落としたハンカチを拾ってやっただけなのにものすごく嬉しそうにしていたし、物を買い与えた訳でもないのに抱き締めてやれば本当に幸せそうにしている。それこそ、ただただ一緒にコーヒーを飲んでいるだけでもだ。自分には出来ない事だ、とザンザスは出会ってからの彼女を考えふと思う。

「でも、ザンザスが少しでも幸福な気持ちになれたら嬉しいけどね」

なまえは自分の膝の上で腹を上下させる子犬の頭をなで続けた。
今夜、ザンザスと仲直りして、布団が暖かくなるまで何か話そうと考える。かぼちゃのパイを作った話でもいい。他愛もない話だけどザンザスが楽しそうに聞いてくれるのが嬉しいのだ。
勿論、なまえの膝の上で子犬となったザンザスも今夜は彼女と仲直りしようと考える。
あの気狂いの言う魔女の通り、なまえの穏やかで幸福な思いを受けれる必要が自分にはある気がすると思えてきた。

そしてお昼寝から目覚めた頃、人間の姿に戻ったザンザスからの口づけを受けるなまえがいた。その様子を暖炉の灰となって眺めている魔女はとても嬉しそうだったとか。




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