Cast a spell on you.



私のママはママじゃない。
力が大きすぎる、強すぎて、偉大な魔女だ。こっちではって、まあ魔法の世界なんだけど、ここでは誰もママには敵わない。そんな私はママに引き取られた。本当のママを知らないのだ。皆は私の事を穢れた子供だって、可哀想だというのだ。何も知らないくせに好き勝手言うのは外野のやることである。きっと私も強い魔法の力があるから不満なんだ、きっとそう。でも、空を飛ぶのがてんで下手くそだから、今は人間の世界に落ちてきてしまった。

「なんだてめぇは」

「失礼な子供だね」

「てめぇだってガキじゃねえか」

私が落っこちたのは大きなお屋敷の庭だ。庭から見える窓には楽しそうに人間が仮装をして笑っている。人間が悪魔の恰好するって面白いよね。
丁寧に手入れされた芝生は魔法界のと違って、冬に向けて少し枯れている。月明かりで照らされて、伸びる影の先には少年がいたのだ。私よりも幼いであろう少年はじっと私を見つめる。

「名前はなんだ」

「お前が先に言いなさいよ」

「・・・ザンザスだ」

黒い蝶ネクタイをしている子供はザンザス、と素直に名乗った。
この屋敷の子供なのかもしれない。着せられている明るい紺色のスーツは夜明け前の色の様だ。

「私はなまえよ」

「くだらねぇ夕食会にしては随分派手な服だな」

「いつもこんなもんよ」

ザンザスの言葉の節から、視線から何から忌み嫌っているのが読み取れる。
一体何を忌み嫌い警戒しているのか、私にはわからない。でも、彼が望んでいる物はきっとこの屋敷の中にいたところで手に入らないのだろう。
だって、彼の瞳の奥、体の中で燃え始めている炎は悪魔すら焼き尽くす炎なのだ。

「お前に、お前に魔法をかけてあげる」

魔法という名の私の予言の様な、願いのようなことだ。
この少年が、私の事を気狂いの女だと思って見つめているのはわかっている。
それでも私は願わざるにはいれない。

「お前はきっとこれから運命の逆風に飲み込まれる。
その中でお前は激しい炎を灯して、あたり一帯を炎の竜巻となって燃やし焦がすだろう。それでも、きっとお前は何か強い力に炎も風も消される。だがその炎は消え切らない。
お前の中でも燃え続け、お前の生きる力になる。その道は決して簡単な道ではない。大きな苦しみを伴って、お前から苦しみの跡は消えないだろう。ああ、お前がそんな運命を背負うのか」

ザンザスという少年は赤い瞳で、混乱した様に私を見つめる。私はお前の未来を見て泣きそうなのに、お前はどうしてここまで強く鋭い眼差しを私に向けるのだ。だめだ、ザンザス。お前の願いは叶わない。ああ、だめだ。彼がまだ知らぬ未来を私は知っている。お前のその行動を止めれれば何か変わるかもしれない。でも、人間にそれをするのはタブーだ。
この話をすれば皆にまた馬鹿にされる。いい、馬鹿にされたって。私はこの少年に生きていてほしい。

「そんなお前には強い炎を瞳に灯してやろう。
どんな悪魔もお前の瞳を見て、お前を怖気付く。そして、ザンザス、お前がその炎を灯しても目の前が見えなくなってしまった時、お前を思いやる素晴らしい花と出会えることを願う。お前の幸せを切に願う、花だ」

「くだらねぇこというな」

ザンザスの眉間に皺が深く刻まれる。爆発しそうな怒りを抑えているんだろう。

「今はわかるまい。その花を潰してはならない。激しい岩場に手や足が擦り切れるだろう。それでもお前は前に進める。お前の岩場にすずらんの花を咲かし、幸福の粉を降らしてくれる女の愛を受け取れればの話だがな」

「・・・何が魔法だ」

若き闘志を燃やす少年が呆れているのはわかっている。
それでもザンザス、私はお前が怒りに飲まれて盲目にならない事だけを祈るよ。
長い長い眠りにつく事になったとしても。

「魔法だよ。私からお前にかけれる最初で最後の魔法だ。
お前の瞳に宿した炎はきっとどんな恒星にも勝る紅い星になる。己を見失うなよ」

薄紫色のドレスを翻せば、すみれの花が巻き起こる。
私が袖を振り上げたら、ザンザスは意識を失うのだ。偶然にも気づいた彼の父親が、彼を寝床へと運ぶ。優しすぎる魔女のことは夢だったと思い終わりである。

「ザンザス、自身を自身で殺してはいけない」

「てめぇ、さっきから・・・」

彼にはくだらぬ夢として記憶の底に沈むだろう。くだらない、気狂いの女が話した戯言だと思うだろう。とはいっても、全てはかぼちゃと月が妖しく微笑む夜の夢、と片付けられない。

眉間にあった深い皺をゆるめ、眠気に襲われたザンザスは地面に倒れ込み眠った。
眠っている間だけでも心休まる夢を見ていてほしいものだ。

「幸福になれよ」

きっと、ママに言ったら優しすぎる魔女は考えものね、と言われるだろう。
彼の人生に手を加えられないなら、願う事くらいはいいだろう。




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