5.Probably I'm emotional, I'm fiery.

だから、耳を澄ましても上手く聞こえなかったのね。
聞こえる筈がない音を聞き取ろうとしていたのでもなくて、私が受け入れたくなかったからなんだわ。運命の濁流に飲み込まれた事をずっとずっと嘘であってほしいと願っていたの。そうすれば、願えば、きっと私が望む方に物事って変わるでしょう。

こんな声出したことない、獣みたいな声で私は呻いてこの場に座り込んだ。
全部嘘だといってほしい、全部夢だったことにしてほしい。私は純白のドレスなんか着ていない、私はこの男との婚姻に誓いなど立てていない。

「立て」

「嫌よ!絶対に嫌!指図しないで!!」

辺りが混沌としているのも私とこの男を異質な物として捉えているのはわかっていた。
納品業者は薔薇の剪定もそこそこで、使用人頭に屋敷を出る様促された。その場にいた使用人もザンザスから溢れでる苛立ちに怯えその場を去っていく。それでも私は自分の不満をこうして辺りに出し切らなくては気が済まなかった。


「いつまでそうするつもりだ。お前は二度と弟にも家族には会えない」

「うそよ、こんなの」

「何が言いたい」

ザンザスの声音に苛立ちが含まれている。もっともっと私の言葉で苛立てばいい。
私がどう思っているか知ればいい、私がどんなにこの婚姻に不安で、家族に二度と会えない事が悲しいのか。私の言葉で心がかき乱されて、怒りを燻ぶらせればいい。

切れかかっている豆電球の様に頭の中がチカチカする。
この子供じみた行動をやめるべきというのはわかっている。

彼のおかげで政治家共々葬られる所、命拾いをしたんだもの。愛する弟を守る為、家族を守る為、というのを受け入れてくれたのよ。所謂命の恩人なのに、こんな行動ありえる?
弟の元にはこのボンゴレお抱えのカウンセラーが通い彼のケアをしてくれている。その場にいた目撃者として知られない様、手も尽くしてくれた。担保とはいえ十分な厚遇でしょ、そうでしょうなまえ、と私は何度も現実と向き合おうとしている。

『嫁入りしなくとも、もっといい方法があったでしょう』

なのに、ママの叫ぶ様な声が、涙で頬を濡らす様が私を責め続けるの。
自分はまるで物凄く愚かな選択をしてしまったのではないかと、固めたばかりの決心はいつもぐずぐずに崩れていってしまう。嫁入りせずとも家族みんなで幸せに暮らせたのではないかと、運命が大きく変わっていった日の夜を思い出しては何度も憂いている。終わった日々を振り返り泣くのも、こんな真似をやめるべきだってわかっているのに、私はやめる事ができない。

瞳が異様に熱くなって、大きな玉の様な涙が落ちていく。

弟にそっくりな納品業者の青年を思い出す。
ザンザスの指示によってやってきたという薔薇はとても上質な物だった。
私の胸を掴んで離さない、愛する弟が薔薇と一緒にやってきてくれた。
無我夢中で追いかけていた。運ばれる花々の合間を縫って、急いで車から薔薇を取り出す為に早歩きをする彼に追いつこうとしたの。進んだ時が巻き戻っていく気がして、周りの景色が自分の見知った物に変わっていると思った。
なまえ、と呼ばれたけど私には水を含んだぼやけた音にしか聞こえなかった。なのに、今はなにもかもが鮮明すぎる程に音が聞こえる。だって青年の顔を見た瞬間に水弾けていったの。
弟じゃないんだもの。当然よ、来るはずないもの。わかっていたのに、わかっていたのに。

『お前は二度と弟と会えない』

ずっとずっと水の中に入れたら良かった。
そうすれば私の夫から告げられる残酷な言葉も聞かずに済んだのに。
きっと私はこうやって溢れんばかりの怒りをぶつけて、貴方を困らせる事もしなかったのに。


「ほっといて、どこかへ行って!!」

言葉が言い終わるや否やザンザスは私のわきの下に手を入れて、力ずくで私を立たせた。
あっという間に壁に押し付けられて異性の力の差を知らされる。恐ろしいなんて感情はなかった。ただただ腹立たしかったから、自分のありったけの力を込めて彼を押し返す。けれども常日頃鍛えているこの男に敵う筈もない。

「離して!!!」

ピカピカに磨かれている床には私たちの影が重なっている。
抵抗する私の両手首を彼はいとも簡単に片手で拘束してしまう。しっかりと捕まえられた手首からどうしようもない無常感が広がっていく。ああ、この男には敵わない。ただ片手で塞がれただけなのに。ついさっきまで自分の体の中で激しく燃えていた感情が揺らいでいった。

「こっちを見ろ」

「いや、絶対にいや」

背中に当たる壁は恐ろしく硬くて冷たい。顔を沈ませない太陽があざ笑うかのように窓から日差しを差し込んでいる。オレンジ色が濃くなってきたけど、まだまだ隠れるつもりは無い。

「なまえ」

顔を横に向ける私に声をかけるザンザスの声音は先ほどよりも落ち着いていた。
彼に対する恐怖なのか、昂り過ぎた神経がそうさせているのか、私の喉元は震えている。

「やめて、呼ばないで」

それを言うのが精一杯で、それ以上話せばわんわんと泣き出して何も言えなくなってしまいそうなのだ。こんな自分が嫌だ。無常感でいっぱいなのに私は諦めたくなくて彼の腕を振りほどこうとまた、胸元を押し返す。


「離し、て」

目を見ない様に顔を横にしていても彼の眼差しが向けられているのを私はわかっていた。
大きすぎるこの無常感も、これが夢ではなくて現実であるのも、この男に敵わないことも、
自分の力でもう覆す事が出来ない強大な力である事を。すべてすべてわかっていた。

無理やり前を向かせようと顎を掴む手も、私の燃える様に熱い瞳も、生暖かい涙も、唇に触れる彼の唇の温度も、すべてが本当なのにね。

こんなにも私は自分を見失っていて、どうしようもないのに。

どうして、あなたは私をこうやって優しく宥めようとするの。



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